いま思うと、昭和の高度成長期は社会全体の需要の速度が供給の速度を上回っていたので、誰でも商店なり会社なり始めれば特別な才能がなくても食えた、というだけだったんだよな…
長い日本の歴史の中で発生した人口 bonus の数十年間ですね。これを娯楽界に当てはめると
いま思うと、昭和の娯楽界は社会全体の娯楽の需要が娯楽の供給を上回っていたので、どんな娯楽でもちゃんとした普及活動をしなくても普及した、というだけだったんだよな…
となるかと思います。
続き。
ウォーレン・バフェットの名言に「波が引いたとき、誰が裸で泳いでいたか初めて分かる」というのがあるけど、まさにそれだよなあ…
元の英文は「After all, you only find out who is swimming naked when the tide goes out」のようです。
人口が増加傾向にあり、人々が娯楽に飢えていて、技術的に娯楽が少なかった時代 (電子娯楽が少なかった時代)、将棋でも囲碁でも容易に普及できたのだろうと思います。
人口が減り、電子娯楽が圧倒的に増えてきたこの時代は、まさに引き潮の時代です。人口に見合うだけの娯楽しか生き残れないことは言うまでもないと思います。
そういう時代に、「将棋界が何も宣伝しなくても、将棋に興味を持った子どもが自動的に将棋界へどんどん来てくれるだろう」とか「将棋は勝負なのだから入門者が将棋を体験に来てもコテンパンにやっつける」とか「駒落ち将棋の上手側は、駒を落としているのだから全力で勝ちに行って構わない」とか「将棋の一番下は10級だ、11級なんて認めない」というような人が多いと、将棋界は廃れていくと思います。
もう少し補足します。今は引き潮の時代ですが、引き切ってはいません。具体的に言うと、子どものころに電子遊戯がなかった世代 (だいたい今の60歳以上) が潮であり、将棋界にとっては歴史上の bonus です。その世代が将棋界に参加してくれている間、将棋界はずっと bonus を受け取っている状態であり、引き潮が終わるときとはその世代が将棋界に参加できなくなるときです。引き潮はそれまでずっと続きます。
だから、将棋界が持続できるかどうかは、およそ60歳以上の方々がいなくなっても今の支部や同好会が維持できるかどうかにかかっています。
あなたの支部・同好会は、60歳以上の方々が全員来なくなって、それらの方々が所有している盤・駒・不動産が全て引き上げられても、継続できますか? 特に運営員の確保は深刻で、「今の負担量ならギリギリ運営を担えるけど、60歳以上の方々がいなくなって負担が倍増したら、私も運営員をやめます」という方もかなりいるのではないかと思います。
だからこそ、良い普及活動方法を今のうちに探し出し、運営負担も今のうちに減らす必要があります。運営負担の減少にとって特に重要なのが完全事前申込制で、これが確立できなければ将棋界の未来はない、と本気で思っています。(当日申込制でもやっていける地域もあると思いますが、多くの地域では無理だと思います。)
さらに書くと、60歳以上の参加者の比率が高く参加者が固定化している支部・同好会ほど、「当日申込制でもやっていける」と勘違いしやすいと思われます。そりゃ、参加者が固定化していれば当日申込制でもやれますよ。会場の定員を超える心配はほぼ心配しなくていいし、新規参加者の名札も作らなくていいし、公民館からの問い合わせに答えられるように新規参加者の正確な氏名や連絡先も記録しなくていいのですから。
「誰でも商店なり会社なり始めれば特別な才能がなくても食えた」時代のやり方を現代の人に求めないでください。古い時代のやりかたを今の将棋界に求めないでください。運営員の後継者が見つかりにくくなります (そして今の運営員も逃げ出します)。
(もし私の支部が当日申込制を採用したら私は即座に支部役員をやめ、おそらく将棋界からも離れる、と支部内で宣言済みです。当日申込制での運営は不可能だと考えているためです。私の認知容量や公民館での作業時間は、当日飛び込みでやってくる参加者のためではなく、将棋を楽しみたい入門者のために用いたいのです。だからこそ、だれが参加予定か、事前にどういう準備が必要か、ということは前日までに処理してしまいたいのです。完全事前申込制でないと不可能なことです。)