囲碁界の仕組みを知らない私が囲碁界の説明文書を読むことで、将棋界の説明文書が外部者に対して親切かどうかを判断する糧にしたいと思います。
今回は「持ち時間」。
最初に「多分これが正解だろう」という概念説明をしておきます。
どうやら以下の3つの概念があるようです。(3つの概念と「フィッシャー式の追加秒」を合わせて広義の「持ち時間」と呼ぶことにします。)
将棋界でも通じやすい用語 | 内容 |
(狭義の) 持ち時間 | 自分の手番として自由に消費してよい時間。仮に持ち時間が30分間あれば、1手で29分を消費したりしても問題ない。 |
秒読み | 持ち時間を消費し切った後に1手ごとに消費できる最大時間。例えば秒読み30秒なら、持ち時間を使い切った後も1手30秒以内で指している限りは時間切れにならない。なお、秒読み30秒のところを5秒で手を指しても、余剰の25秒が次に繰り越されることはない (繰越す自由はない)。 |
考慮時間 | 持ち時間を消費し切り秒読み制限を超えても許容される時間。○回まで、1回あたり○秒、という形で設定される。 |
私見ですが、「50分 + 30秒 + 3回(60秒)」のような書き方が軽量でかつ誤解が最小になると思われます。(分・秒・回 の単位で内容が推測でき、左から順に消費します。)
将棋界における「20分切れ負け」なら「20分 + 0秒 + 0回」、将棋界における「20分 + 30秒」なら「20分 + 30秒 + 0回」と書くことで、将棋界でも囲碁界でも誤解なく通じそうな気がします。
将棋の NHK 杯を表すなら「10分 + 10回(60秒) + 30秒」でしょうか。(間違っていたら指摘して下さい。)
私が読んだ囲碁の説明の中で最も適切な説明はこちらです。
適切なので、引用はしません。
適切でない説明を紹介していきます。
1つ目、日本棋院の web site で「秒読み」の検索語で検索した結果の一番上、幽玄の間の説明。
持ち時間を使い切ると時間切れ負けとなりますが、
幽玄の間では3つの秒読み方式を導入しており、持ち時間が切れた後、決められた秒読みに入り、その秒読みが切れなければ、時間切れ負けにはなりません。
これを読んだ人は、「時間切れ負けとなりますが」と書いてあるから (全ての事例に於いて) 持ち時間を使い切るだけで負けになる、と認識した後、その後の説明で混乱します。
望ましい書き方は、恐らく以下の3通りです。
- 「原則として時間切れと負けとなりますが、…」(原則と例外とを区別し、原則部分に「原則」と表記)
- 「時間切れ負けとなりますが、例外として…」(原則と例外とを区別し、例外部分に「例外」と表記)
- 「時間切れ負けとなります。但し…」(但し書き)
つまり、時間切れ負けが全ての事例に適用されるのか例外があるのか、という情報を文章構造に埋め込まなければいけません。(日本棋院の説明は、必要な情報が文章構造に埋め込まれているのではなく、読み手が「多分この解釈しかないだろう」と思考して初めて正しく認識されるようになっています。言語学における形態論(層)と統語論(層)のように、読み手の思考負荷がかなり異なります。)
2つ目、上記と同様に「秒読み」で検索した、何番目かの検索結果。
持ち時間は一人60分、これを使い切ると1手30秒の秒読みが3回与えられます。もし3回目の秒読みで30秒以内に着手できなかった場合は、時計が止まり、「時間切れ負け」となります。
この文章を素直に解釈したら、60分の持ち時間消費後は3手しか打てないことになります。
この文章表現が「60分 + 30秒 + 3回(x秒)」を意味しているのだとしたら、文章表現としては完全に失格です。中学校の国語の先生に叱られるでしょう。
3つ目。幽玄の間の説明書の画像。
これも2つ目の例と同じです。「20分」と「30秒」が分離していることと同様、「30秒」と「3回」は分離していないといけません (30秒が3回、ではなくて、30秒の超過許容が3回、であるため)。
各文化でどのような表記を標準とするか、は文化ごとに決めてよいことですから、囲碁界が好んでこの表記を用いるとしても外部者である私が文句を言う権利はありませんが、それにしても囲碁に入門しようとする人を混乱させる変な表記ではあります。
4つ目。元県代表の方による説明らしいのですが…。
この持ち時間の残りが0になると、時間切れ負けです。
全ての事例に適用されるのか例外があるのか、が明記されていない説明が出てきました。そういう明記がないと、人は「全ての事例に適用」と解釈します。つまり、この文を読んだ時点で「全ての囲碁対局は切れ負けだ」と解釈するわけです。
囲碁の秒読みとは、1手あたりの考慮時間を定めたものです。
秒読み30秒なら、1手を30秒以内に打たなければいけません。
この説明はかなりまずい (おかしい) のではないでしょうか。この表記が正しいなら、囲碁の棋聖戦 (持ち時間8時間) も最初から1手60秒で打たないといけないことになります。
正しくは、(狭義の) 持ち時間を消費し切って秒読みに入った後の制限時間でしょう。
棋聖戦 8時間(残り10分から1手60秒の秒よみ)
この説明が正しければ、棋聖戦の (狭義の) 持ち時間は8時間ではなく7時間50分となります。「1手60秒の秒よみ」ではなく「1回60秒の秒よみ」が正しいような気がします。
囲碁界の方には申し訳ないですが、おかしな説明が横行していると、じわじわと入門者を排除していくことになります。
「口頭で正しく説明するからいい」のではないのです。今の時代、囲碁に興味を持った人はまず web で情報を調べます。その際に読んだ文章が支離滅裂だったら、囲碁界に近づくことなく離れていきます。
囲碁ではないですが、私も新しいことに興味を持って web で情報を調べてみて「あ、この界隈、文章が支離滅裂だ、近づかないでおこう」と思ったことが何度かあります。
多分将棋界も、外部者に対して不親切な説明文章があるんじゃないかと思います。内部に入ってしまうと文章のおかしさに気付きにくくなるので、外部の人に指摘してもらうことが最良の方法だと考えています。