「棋書ミシュラン!」という web site があります。私はこの site が大好きで、私が将棋と関わろうとした要因の半分くらいをこの web site が占めています。言い換えると「棋書ミシュラン!」がなかったら私は将棋と関わていなかった可能性が高いです。

で、この「棋書ミシュラン!」は私にとって棋書を選ぶ上で大変ありがたい存在なのですが、子どもの閲覧者はどれくらいいるのでしょうね。

更に言うと、子どもにとって棋書はどういう位置づけになるのかな、ということが常々気になっています。


私見ですが、棋書との関りで子どもを勝手に分類してみます。

1. 強くなりたい子ども

将棋大会に行くと、3手詰や5手詰の本を持ち歩いて空き時間に読んでいる子をよく見かけます。ここに分類される子どもは、強くなるために棋書を読むことができる子どもと言っていいと思います。

恐らく、大人が適切な棋書さえ与えれば、どんどん読んでどんどん強くなっていくのではないかと思います。

2. (強くなるよりも) 将棋を楽しみたい子ども

私が一番気にしている子どもは、ここに分類される子どもです。

「棋書を読んだら強くなるだろう」ということは何となく感じていて、手に取って読もうとするけど、殆どの棋書は棋力が合わなくて数頁も進めずにすぐに挫折してしまう。そういう感じの子どもです。

そういう子どもが独力で読める棋書はとても限られているように思います。最低でも20頁、子どもが飽きずに独力で読み進めることができるくらいの分かりやすさ・楽しさがないと厳しいかな、と思います。

3. コツコツ型の女の子

すみません、「女の子」という言い方は語弊があって、別に男の子でもいいです。大事な点は「コツコツ型」ということです。

ここに分類される子どもは、1手詰の本に惹かれる傾向が強いように思います。将棋の対局は勝者が生まれれば敗者も生まれ、時間制限もある世界ですが、詰将棋の世界には敗者も時間制限もありません。じっくり考えて、ゆっくりでも確実に進捗していくことができる、という点が向いている子はそこそこいるような気がします。

こういう子が楽しみながらゆっくり強くなれる将棋学習管理 system を作りたいのですが、実装する時間がありません。(気が向いたら後日この blog に書きます。)

4. 「子ども預り所」に預けられるような感じで将棋の場に置いて行かれた子ども

一例としてはこちらの記事をお読みください。

ここに分類される子どもに対しては、ほぼ全ての棋書が価値を発揮できないと思います。


子どもと棋書の問題は、論じると課題がいくつか見えてきそうです。

すみません、今日はこれ以上書く時間がありません。機会があれば続きを書きます。'(機会がないかも知れません。)