数年前の話を掘り返します。不快に感じる方がいましたら、すみません。
誤解を招かないよう、最初に書いておきます。三浦九段は尊敬に値する棋士だと感じています。
その上で、2016年の不正疑惑の話を取り上げます。疑惑の内容はここに書きませんが、疑惑が発生した時にありうる結論は形式的には以下の3種類しかありません。
| A | 不正の証拠が見つかった。所謂「有罪」。色で言えば「黒」。 |
| B | 不正の証拠も、不正をしていない証拠も見つからなかった。所謂「推定無罪」。色で言えば「灰色」。 |
| C | 不正をしていない証拠が見つかった。所謂「無罪」。色で言えば「白」。 |
第3者委員会の報告書には、第5の5に以下の通り書いてあります。
以上のとおり、第4で認められた事実並びに本件電子解析、本件一致率等分析、本件映像分析及び本件対局分析によれば、本件4対局において、本件疑惑の根拠として指摘された点はいずれも実質的な証拠価値に乏しいものであったといわざるを得ず、三浦棋士が本件不正行為に及んでいたと認めるに足りる証拠はない。
つまり、上記の3通りのうち「B」であることを報告しているわけです。
更に言うと、C の結論を出すことは、人間には不可能です。C は、「どんなにバレなそうな不正行為でも全て検出する能力がある (そして検出されなかったのだから「不正をしていない」と結論付ける)」と宣言するに等しいことです。恐らくこれは、将棋を完全解析することと同程度か、あるいはそれよりもはるかに困難なことです。言い換えれば、「神の所業」の領域です。
ですから、実質的に人間が出せる結論は「A」か「B」のどちらかしかありません。更に言うと、全ての棋士のほぼすべての対局は「B」です (「B」でなければ「A」です)。対局している棋士本人ですら、「C」の証明はできないのです。
ところが、棋士の中には、「三浦九段の疑惑は『白』である」と第3者委員会が発表した、と主張する方がいます (三浦九段ご本人ではありません)。申し訳ないですが、私はそういう人を信用できません (再度書きますが、三浦九段ご本人ではありません)。
後から「C」の結論を出すことが事実上不可能であるからこそ、疑惑が発生しないような取り決め (対局場への携帯電話持ち込みの禁止など) が必要なのであり、またそれを推進するのが日本将棋連盟の理事会の使命の1つだと思います。もし後から「C」が証明できるのなら、何も取り決めを作らなくてもいいですし、これからも棋士が対局場に携帯電話を持ち込んでも何も困らないはずです。
では、日本将棋連盟の理事会は何年頃にこうした疑惑を予防する取り決めをすべきだったのか。以下は私の考えです。
- Bonanza が公開された2005年よりも前に取り決めをすることは難しかったのではないかと思います。もし、棋士の中で2005年よりも前にこうした取り決めの必要性を感じていた人がいたら、かなり先見の明があったと言ってよいのではないかと思います。
- タイトル保持者または永世称号資格者が computer 将棋と充分勝負になると目されたのは2012年頃かと思います。この年が、疑惑を予防する取り決めを作る遅さの限界だったと言ってよいと考えています。つまり、2012年に取り決めを作っていれば、「大分遅かったけど、ギリギリ許容範囲」と評価してよかったと思います。この年以降、プロ棋士が不正をする効用が存在する状態がずっと続きました。
要は、上に立つ人は先見の明がないといけない、という主張です。
さて、今の将棋界の方々は、どれくらい先のことを見据えているでしょうか。computer が普及し、子どもの娯楽の種類が大量に増えた現在、少子化によって子どもの数がどんどん減っている現在、将棋界はちゃんとした方針を持つことができているでしょうか。
日本語は遠い未来まで存在しているのでしょうか。英語と日本語との言語障壁はあと何年間存在しているのでしょうか。日本社会は英語で塗りつぶされたりしないでしょうか。言語障壁がかなり低くなった場合、将棋は生き残れるのでしょうか。
私の数少ない経験でものを言うのは図々しい気がしますが、将棋は、チャトランガ系の各種遊戯の中でも、特に優れている気がします。でも、優れている遊戯が必ずしも生き残ることはできない世の中です。将棋は、対局相手が豊富にいなければ楽しさが分かりにくいのです。
私の心配は、杞憂に終わる可能性もないわけではありません。また、本当に問題が顕在化する時期は、50年後か500年後か、私の寿命が尽きた後でしょう。
でも、対策を打つ時期は今です。別に今年 (2021年) でなくてもまだ間に合うとは思いますが、10年後に対策を打っても間に合わないと思います。5年後でも間に合うかどうか微妙です。
因みに、先日の棋士総会で正会員以外の理事を置くことが決まったことについて、私は好意的に捉えています。どなたか、現理事の中に先見性がかなりある方がいらっしゃるのではないかと思います。