最近YouTubeで元UWFの選手達の動画を見ていて、その中でUWF対グレイシー柔術の話に注目しています


私は昔プロレスの大ファンで、その当時のUWF対グレイシー柔術の話題で盛り上がっていたのを思い出して、懐かしい話でした


その当時は若かったですが、今はプロレスの裏側の話なども本やネット調べて、その当時と考え方も変わってきました


そして今はYouTubeで船木誠勝選手や田村潔司選手などが、動画のチャンネルを持っていて結構見ています


このグレイシー柔術が、最初にすごく注目を集めたのは第1回のUFCでその当時は何でもありのルールに近く、そこでホイス・グレイシー選手が圧倒的な強さで優勝したのが衝撃のニュースになりまえ


この第1回のUFCには、日本でUWFに出場したことがあるケン・シャムロック選手やジェラルド・ゴルドー選手が参加していて、この2人を秒殺で圧倒的強さで倒して優勝したことは、すごく衝撃のニュースでした


その大会で優勝したホイス・グレイシー選手がインタビューで「兄のヒクソン・グレイシーは私の10倍強い」とコメントして、ヒクソン・グレイシー選手にも注目が集まりました


日本にゆかりのある選手も秒殺されたことで、グレイシー柔術に注目が集まって、特にUWFは格闘技色が強かったので比較されることになりました


その後にヒクソン・グレイシー選手も「400勝無敗」をキャッチコピーにして、日本の格闘技の大会に1994年に参加して無傷の圧倒的な強さで優勝しました


その頃に高田延彦氏をエースとするUWFインターが、最強をアピールしていたのもあって、グレイシー柔術の名前を挙げて試合をするというコメントが出てきました


そして1994年12月7日にロサンゼルスにあるヒクソン・グレイシー選手の道場に、UWFインターの安生洋二氏が道場破りに行って、顔面血塗れのフルボッコにされて惨敗するという事件が起きました


これはUWFインターでガチンコが強かった安生洋二氏が、ヒクソン・グレイシー選手にUWFインターに参加してほしいと交渉に行くための行動だったと言われています


それがUWFインター側が、安生洋二氏の道場破りも視野に入れた中途半端なやり方だったので、こういう結果になったと言われています


ヒクソン・グレイシー側は高田延彦氏の挑戦に「道場に来い」と言っていたので、安生洋二市を高田延彦氏だと思っていたようで、後で文句が出ないようにワザと顔面を血塗れにしたという話です



このニュースはプロレス界に大きな衝撃を与えましたし、こういう醜態を晒したからにはリベンジをプロレス界がしなければならなくなりました


その後に日本の格闘技大会に出場するヒクソン・グレイシー選手に前田日明氏が率いるリングスの若手の山本よしひさ選手が挑戦して、キャリア3人くらいの山本選手がロープを掴む作戦で善戦して負けました


その当時はUWFは前田日明氏のリングス、高田延彦氏のUWFインター、船木誠勝氏のパンクラスと分かれていましたが、3団体ともグレイシー柔術と関わってしまって、打倒グレイシー柔術が使命になりました


そして1997年の10月11日に運命のヒクソン・グレイシー対高田延彦の試合が実現して、高田延彦氏が何もできずに完敗してしまいます


この高田延彦氏の完敗は、高田延彦氏がプロレス界で最強を名乗っていたので、その当時はプロレスはグレイシー柔術より弱いと見られていましたが、それでも知名度がある高田延彦氏の完敗は衝撃を与えました


その後の1998年のヒクソン・グレイシー選手との再戦にも高田延彦氏は負けて、あと高田延彦氏の敵討ちを考えていた前田日明氏も膝の怪我などで引退して打倒グレイシー柔術は、UWFの次世代の選手達の宿題になります


高田延彦氏は愛弟子の桜庭和志選手が急成長して、リングスはUWFインターのNO2からリングスに移籍してエースになった田村潔司選手が、そしてパンクラスは船木誠勝選手が打倒グレイシー柔術の期待を背負うことになります


リングスもパンクラスも普通のプロレスから格闘技に移行していき、打倒グレイシー柔術の準備を進めていきます


また高田延彦氏の愛弟子の桜庭和志選手も、格闘技の試合に出場して打倒グレイシー柔術の準備をします


そして2000年はUWF対グレイシー柔術にとって大きな1年になります


この年に田村潔司対ヘンゾ・グレイシー、桜庭和志対ホイス・グレイシー、船木誠勝対ヒクソン・グレイシーの3試合が実現します


まずは田村潔司対ヘンゾ・グレイシーですが、田村潔司選手がUWFのテーマで入場するなど独特の雰囲気で試合が行なわれ、判定勝ちで田村潔司選手が勝ちます


桜庭和志対ホイス・グレイシーの試合は、終始桜庭和志選手がプロレス技を使うなど余裕を持って、ホイス・グレイシーを追い込み、90分に渡る試合は、ホイス・グレイシー選手がタオルを投入されてのTKO勝ちの完勝をしました


そして船木誠勝対ヒクソン・グレイシーの試合は、船木誠勝選手のパンチでヒクソン・グレイシー選手が眼底骨折をして負けを覚悟するほど追い込まれますが、そのチャンスを船木誠勝選手はものにできなかったです


最後は船木誠勝選手が、ヒクソン・グレイシー選手のマウントパンチで出血して、チョークスリーパーで失神KO負けしますが、ヒクソン・グレイシー選手を日本人で一番追い込んだ試合になりました


これでグレイシー柔術は、ヒクソン・グレイシー選手が最後の砦になって、田村潔司選手と桜庭和志選手に打倒ヒクソン・グレイシー選手の期待がかかります


ただヒクソン・グレイシー選手は、長男が事故死してリングから遠ざかり、そのまま引退をしてしまいました


これはたらればの話ですが、田村潔司選手と桜庭和志選手なら、ヒクソン・グレイシー選手に勝つ可能性はあったと思います


特に桜庭和志選手は、全盛期にヒクソン・グレイシー選手と試合ができれば、勝つ可能性は結構あったと思います


結局UWF対グレイシー柔術は、ヒクソン・グレイシー選手を誰も倒せずに終わって、最後に達成できなかった印象です


今はYouTubeで船木誠勝選手や田村潔司選手などが、その当時の話をするので、私もその当時を思い出しました


グレイシー柔術は、日本のプロレスや格闘技に大きな影響を与えたと思いますし、あの頃は盛り上がっていて、懐かしい思い出です


また機会があればプロレスや格闘技の話も書くので、よろしくお願いします