米子市灘町のN様邸の下水道工事が完了しました。

宅内を配管していく工事でしたが設備屋さん、大工さん、内装屋さん、電気屋さんの各業種の力を借りて引き渡しまで漕ぎつきました。

協力していただきました施主のN様、ありがとうございました。

 

今日は梅雨の中休みのような朝から好天に恵まれ、日中の温度も28度くらいまで上がりそう。

今朝はスタッフ全員で会社の周囲を草刈り作業をしました。

朝の涼しいうちの作業は気持ちの良いものですね!

あんまり熱中しすぎて写真を撮るのを忘れていました叫び

 

さて、昨日のベイスターズの素晴らしい逆転劇は置いておきまして、いよいよ「米子の小路 八十八」。ラスト88番目の小路のスタートです。

 

(加茂川沿いの市道から小路を見る。公道ではなく私道)

 

山本小路(やまもとしょうじ)

(天神町二丁目)

 

山本煙草店と重松氏の間にある小路で、かつては町裏まで続いていました。

天神町は、内町と同様に武家屋敷区画内ですが町人の居住が認められていました。

町禄(特権)として船による運送業と宿屋を許され、諸荷物宿や旅人宿が多く、艀(はしけ)持ちの船頭や港湾労働者も多く住んでいたといいます。

当町には、池田氏の岡山からの転封に従って移住した判屋船越家があります。

船越氏は、寛永期(1624年~1644年)米子荒尾氏の要請で、片原町で船方の総支配を勤めたという米子の有力町人の一人で、代々船問屋(船持ち)で、船頭支配、旅館や石州瓦販売などで栄えました。

 

この近くには昔、米屋をされていたお客様の船越さんという方も住んでおられますが、この判屋の船越家となんらか関係があるのでしょうか。また聞きに伺ってみたいと思います。

 

 

 

長らくお付き合いいただきました「米子の小路 八十八」。

米子まちなか歩こう会さんのガイドブックで教えていただきながら一か所一か所実際に廻って見て来ました。

 

 

 

この場所の近くには「城下町米子観光ガイド詰所」米子まちなか観光案内所という場所もございます。

またご興味を持たれた方は一度訪れて見られてはいかがでしょうか。

 

それでは今日も一日、頑張っていきまっしょい!