今からちょうど2年前に新規で台所他改修工事に入らせていただいた南部町のお客様からご紹介を受けこの度お世話になっていますI様邸現場です。

台所の解体も滞りなく終わり大工さんが床下地作業中のところでした。

米子から車で約30分。

現場へ向かう道すがら法性寺の土手の桜並木を通ります。

まだ早いですが工事の期間中には満開になるのでは。

こちらも楽しみです。

また現場の写真と共にアップ出来ればと思います。

 

 

 

こちらはまだまだ続く雪害の修繕見積もりの現地の様子です。

米子市葭津のF様邸(元の職場の事務をされていた人のお宅)です。

今回このような個所が何か所かありました。

火災保険に加入されており保険対象になっています。

保険用の写真を作成し見積もりと合わせてお届けする予定です。

 

 

そのお客様から作ったばかりという「いただき(浜の方ではののこめしと言います)」を頂戴しました。

切り口を見せられないのが残念ですが上品な薄味の炊き込みご飯がとても美味しかったですウインク

ありがとうございました。

 

さて久し振りに「米子の小路 八十八」。

数えて68回目。 72番目の小路の紹介です。

 

 

(鹿島小路から心光寺を見る)

鹿島馬場道(心光寺小路) かしまばばみち(しんこうじしょうじ)

(立町二丁目・寺町)

 

鹿島家裏手の心光寺前の小路は、鹿島家本家・分家(下鹿)の馬場道であったことにちなみます。

心光寺馬場道とも呼ばれています。(称名寺縄手道から寺町通まで)

鹿島家初代は、寛永年間(1624年~1644年)備前岡山より行商に来て定住。

米屋、油屋、質屋を手広く営み、天明五年(1785年)には弟の治助が本家裏に分家しました。

寛政十一年(1799年)から鹿島両家は、毎年正月に集まり両家の収益金と財産を折半することにし、家訓二十三ヶ条を定め、贅沢の禁止等を誓約しました。

一族は次第に繁栄して岩倉町(岩鹿)、西倉吉町(西鹿)、尾高町などに分家しました。

 

心光寺は法蔵寺の隣のお寺、万福寺との間に位置するお寺です。

いよいよ八十八も近づいてきました。

 

今日も「米子の小路 八十八」は米子まちなか歩こう会さんのガイドブックで勉強させていただきました。

 

それでは明日も一日、頑張っていきまっしょい!