米子市博労町のT様邸現場です。

システムキッチンの組み立ても完了。

大工さんは脱衣、お風呂の入り口の作業に入っています。

もう間もなく内装へとバトンタッチ。

先が見えてきました。

 

 

 

こちらは米子市内A様邸現場。

この冬の雪害関係の工事がまだまだ続いています。

今も毎日のように雨樋破損等の見積もり依頼があります。

こちらではお隣りさんへの落雪防止「ゆきもちくん」の取付をさせていただきました。

来年以降の雪に注目したいと思います。

 

話しは変わって昨日は3月9日。ラジオからレミオロメンの「3月9日」が流れてきた。

ということは義母の命日と気づかされました。

この曲が流れると亡くなった当時の様子がよみがえる。

あれから四年が経つのか。

そう感慨にふけっていると今度は「花は咲く」が何度となく流れる。

こちらも震災から10年。

僕の10年と被災された方々の10年は重みが断然違う。

歌というものはいろんな思い出を思い起こしたり力をもらったり不思議な魅力がある。

いつまでも終わっていない。風化させては決していけない。

「花は咲く」。

10年が経ち、この曲を被災された方々はどんな思いでまた聞くのでしょうか。

いろんな話を聞いてみたいと思います。

 

さて、昨日に続けて「米子の小路 八十八」。

数えて66回目。 70番目の小路です。

 

 

(左奥に岡本一銭屋)

 

中ノ棚まがり(なかのたなまがり)

(岩倉町・立町一丁目)

 

実家の硝子店と馴染みの深い太刀原ガラス店さんとかがある(あった)辺りです。

 

法勝寺町から続いているほぼ真っすぐな通りである「中筋」は、岩倉町と立町一丁目の境で大きく右折しており、「中ノ棚」辺りにあることから「中ノ棚まがり」と呼ばれています。

長さ二十二間。

初代城主中村氏時代に整備された近世城下町の町割りと吉川氏時代以前の中世城下町との町割りによって生じたズレを補うために造られた道筋と考えられています。

中筋の突き当りに位置する駄菓子屋「岡本一銭屋」には、一銭銅貨をあしらった銅板張りの看板(直径一米)がありランドマークとなっています。

昭和九年に創業、何でも一銭のものばかり扱い、誰いうとなく「一銭屋」が屋号となりました。

建物は明治初期の建築で店・中の間・奥の間が並ぶ典型的な町屋の佇まいです。

 

今日も「米子の小路 八十八」 米子まちなか歩こう会さんのガイドブックで勉強させていただきました。

 

それでは今日も一日、頑張っていきまっしょい!