現在京都に住む福原小・中学校の時の同級生、H君から突然の贈り物が届きました。
開けてみるとなんと横浜ベイスターズの帽子、ジャンパーが入っていました。
H君、現在もアマチュア野球チームでプレーしコロナの影響で試合数は減ったと思うけど年間に沢山試合をするそう。
僕がベイスターズのファンと知って送ってきてくれました。
早速、お礼の電話をしこの品がどんな物か尋ねました。
H君と同じ野球チームの沖縄出身の方が10年ほど前にベイスターズ(その頃はDeNAではない)の春季キャンプ(宜野湾かな?)の手伝いをした際にもらった物なのだとか。
その方のサイズに合わず着らずにずっと残していたのだとか。
それをH君がもらってくれて僕へ送ってくれたのです。
背番号を見ると64番。
その当時の64番の選手を調べてみると松山傑という投手で日本ハムから移籍してきた選手の背番号となっています。
本当に貴重なものをいただきました。
ありがとうH君。
そしてそのチームメートの方!
ちなみに体はメジャーリーグなみ![]()
さて、久しぶりに米子の小路いきたいと思います。
数えて60回目。 64番目の小路です。
(称名寺縄手道から瑞仙寺山門を見る)
瑞仙寺小路(ずいせんじしょうじ)
(寺町・尾高町)
瑞仙寺の前から朝日座前通(称名寺縄手道)につながる小路。
久坂山瑞仙寺は、現在の米子市日下の地に開創された曹洞宗の寺院で、元和年間(1615年~1624年)に米子城主加藤貞泰が瑞仙寺八世陽山祖全大和尚に深く帰依し、その命によって日下の地より寺町の現在地に移転し、今日に至っています。
九ヶ寺が揃った時点でも新小路方面の道はなく、称名寺縄手道からこの小路を通って寺町に入るのが尾高町からの一般的な道でした。
尾高町にありながら、寺町の入口として「寺町地蔵」が残っているのは、その名残と思われます。
なお、この地蔵は、加茂川沿いの地蔵で唯一北を向いています。
だんだん三浦家のお寺に近づいて来ました。
今回も「米子の小路 八十八」 米子まちなか歩こう会さんのガイドブックで勉強させていただきました。
それでは今日も一日、頑張っていきまっしょい!


