昨日はクリスマスイブ。

 

今年も会社からクリスマスケーキをいただきましたウインク

 

 

 

8種類のケーキが所狭しと入っています。

これには西田建設のミスターデザートと呼ばれている門永さんも目の色を変えて大興奮でした!

スタッフ全員、とても喜んで食べさせていただきました。

ありがとうございました。

 

本来なら七面鳥でもとなるところですが三浦家はお世話になっている「らーめん専門店ゆめや」さんのから揚げで!

 

 

 

そこまでして、鶏を食べないといけないのかと言われそうですが、この日は1パック5個入り200円の大サービスデー。

味も美味しかったですよ~!

 

特にプレゼントもなく叫び平穏にイブの夜は過ぎていきました。

 

来年は孫たちとも一緒に過ごしたいですね!

 

さて久し振りにクリスマスとは無縁の米子の小路いきたいと思います。

 

数えて58回目。 62番目の小路です。

 

(称名寺縄手道から凉善寺前小路を見る)

 

凉善寺横小路(りょうぜんじよこしょうじ)

(岩倉町)

 

 

この近くには大黒屋のお蕎麦屋さん。

 

 

この写真ではわかりずらいかもしれませんが確かこの建物。

私が小さいとき母と寺町の法蔵寺にお墓参りに行った帰りに寄ったお店、好味(よしみ)さん。

焼きそばを焼いてもらい食べた記憶があります。

もうずいぶん前に廃業された様子ですね。

 

さて話を本題に戻して。

 

凉善寺と本教寺の間を通り寺町方向(称名寺縄手道)に抜ける小路。

凉善寺は法界山大蓮寺という寺でしたが、倉吉の同名の寺と本末論争の末、元禄年間(1688年~1704年)に珠慶山生蓮院凉善寺と改められました。

開基は米子城主中村伯耆守一忠の母大宝院珠慶夫人といわれてきましたが、一忠の母は慶長四年(1599年)に没しており、一忠の妻が「珠慶夫人」と近年の調査により明らかになりました。

凉善寺の開基を一忠の妻とすることが、はばかれる何らかの事情があったと思われます。

 

以上 凉善寺横小路でした。

 

今日も「米子の小路 八十八」 米子まちなか歩こう会さんのガイドブックで勉強させていただきました。

 

それでは今日も一日、頑張っていきまっしょい!