今日は米子市旗ヶ崎のM様邸(小さい頃から可愛がっていただいています元ガラス屋の番頭さんの家)に台所の流し台等の取替え他工事の打ち合わせに行って来ました。
仕事の打ち合わせよりも昔の話、今現在の話題で盛り上がってしまいましたがいつまでもお元気で何よりです。
もうリフォームするつもりも無かったが孫のご飯(どうしても育ちざかりで油ものとかを作ったりされる)などまだまだ台所に立って家事をする機会が多いということで思いつかれました。
色決めもご夫婦で楽しそうに決められました。
また納期が出たら工事に入らせていただく予定となっています。
よろしくお願いいたします。
それでは今日もいきます「米子の小路 八十八」。 数えて52回目となります。
(鉄道と共に歩んだネオン街)
朝日町表通り(あさひまちおもてどおり)
(西倉吉町、朝日町、角盤町二丁目)
もつ鍋の「あばれ太鼓」さん、美味しい居酒屋「味小屋」さんがある辺りです。
朝日町は明治四十五年(1912年)からの町名で、元は西倉吉町の一部でした。
この通りは同年に、山陰線が出雲今市まで開通したのを記念して全国特産品博覧会が県立米子高等女学校(現ふれあいの里)を主会場に開催された時に、覚証院橋から会場に通うためにできました。
当時この辺りは桑畑が広がり、道に沿って農業者などの借家がある程度でした。
博覧会後もこの通路の利用者が多くなったため、大正六年(1917年)に角盤町通りまで幅四・五米の道に整備されました。
大正初期から明治初期にかけて娯楽場、小売店、飲食店が立ち並び、昭和3~40年代には山陰屈指の娯楽歓楽街となりました。
まあ馴染みの深い通りではありますが今は中々出る機会も減りました。
いろんな思い出の詰まった飲み屋街でもあります。
今日も「米子の小路 八十八」 米子まちなか歩こう会さんのガイドブックで勉強させていただきました。
さて明日は天気が回復してくれるかな。
ひと雨ひと雨降るごとに寒さも増してくる今日この頃。
皆様、お体に気をつけて、風邪などひかれませんように!
それでは明日も一日、頑張っていきまっしょい!

