只今、神社の鳥居の加工中です。

このところお寺、神社と立て続けに仕事をさせていただいています。

担当は境港の釣りバカ浜ちゃんこと門永さんです。

お寺、神社といいことが起こりそうな現場続きだと休日は大物釣りを狙っておられます!

また現場の写真もアップ出来たらと思います。

 

話しは変わりますが最近、次女の子(孫娘)がいろんな言葉を発し楽しませてくれますニコニコ

この映画のように大蔵大臣のことを「ミウラばあばは大丈夫?」と言うのです。

確かに大人の僕らから見ていても天然爆発傾向があり、昨夜も息子が見て来た映画「鬼滅の刃」の事を「この前の映画面白かったんだって?秘密の八重歯。」

夏にも映画でこんなのがありました。テレビの番宣を見ながら「これ面白いだーか、自転車ペダル。」「そうじゃないでしょ弱虫ペダル!」

まあ仕方ないですね!

孫も心配そうです。

 

さて、それでは今日も「米子の小路 八十八」 数えて51回目いかせていただきます。

 

(三昧太鼓 ジンタも遥か宵のみち)

 

朝日座前通り(あさひざまえどおり)

(朝日町、尾高町、角盤町二丁目)

 

言わずと知れた20代の頃から通い続けた朝日町の一角の通りですねウインク

朝日座は小さい頃、母に映画を見に連れて行ってもらった記憶がありますが東宝やリツリンなど何処の映画館で何を見たのかが年と共にわからなくなってきました。

 

本題に戻って。

 

繁華街の北部を通る道で、朝日町表通りと直交しています。

中ほど北側に明治、大正、昭和の八十年にわたって親しまれた娯楽の殿堂「朝日座(当初芝居小屋、後に映画館)がありました。

朝日座は尾高町裏の藍座跡にあった「えびす座」に代わって建てられあ、木造入母屋造り二階建て、定員千人でした。

川上音二郎・貞奴一座、七代目松本幸四郎、中村扇雀、松井須磨子などが舞台に立ちました。

壮士劇、歌舞伎、新劇のほか、文楽、義太夫、浪曲や政局講演会など多彩な催しがおこなわれ、全国的に広がった安来節の一座はここから育ちました。

昭和五十一年(1976年)九月、建物は焼失し、駐車場になっています。

称名寺縄手道の一部です。

 

結構歴史ある立派な建物だったんですね。

 

今日も「米子の小路 八十八」 米子まちなか歩こう会さんのガイドブックで勉強させていただきました。

 

今日は「あかりの日」

普段灯っている家、街灯、様々な明かりのありがたみを認識しましょう!

 

それでは、今日も一日、頑張っていきまっしょい!