今日は午前中、以前玄関引戸を取り付けさせていただいたY様邸に引戸錠の取替えに行って来ました。

真ん中の召し合わせの部分だけでなく戸先にも内外錠が付いている為、全ての箇所の交換となりました。

いつも手伝ってもらっているサッシ屋さんのM君。

幼稚園時代からの同級生。

つい数年前から何十年ぶりの再会から仕事を依頼しました。

現在、京都に住む同級生のH君が僕とM君の現在の姿を見たいのと常々言っていたのでアップしようと思いましたがシャイなM君は勘弁して!との事。

後姿で失礼させていただきます口笛

彼も設備屋さん同様、救急で頼んでも嫌な顔一つせず受けてくれます。

休みの日に二人でガラスの割れ替えに付き合ってもらったことも何度かあります。

西田建設はそんな頼もしい協力業者さんであふれています。

これからもよろしくといつも思っています。

 

さて、大山は一昨日、40センチの積雪。晴れた昨日はきれいに見えました(撮ってなくて残念!)。

今日の天気はこれ!

 

解りますか?

今日の米子のような天気の事を「一円玉天気」と言うらしいですね。

五百円玉は百円玉なんかに崩すことができるが、一円玉はそれ以上崩すことはできない硬貨。

そのため一円玉天気は「それ以上崩すことができない=天気が崩れず安定している」という意味を持つ。

つまり快晴のことらしい。

快晴は雲の割合が10%以下の場合。空を見て雲が1割ぐらいなら、一円玉天気だということみたいですよ!

 

 

前置きが長くなってしまいました。それでは今日も米子の小路 八十八 数えて19回目、いかせていただきます!(誰も待ってないびっくり

 

 

延命院通り(えんめいいんどおり)

糀町1丁目

 

岡空医院さんの近くですね。

 

糀町橋から加茂川を上流に向かって並木橋までの小道です。

延命院地蔵の右前方にあった延命院にちなみます。

修験寺院の延命院は、通称「えんめさん、又はエメッサン」とも言われていたので、「えんめさん小路」また、「エメッサン通り」とも呼ばれていました。

延命院は米子城主中村伯耆守一忠の帰依を受け内町に草創されましたが、米子荒尾氏によって糀町に移されたといわれ、「米府神社由来記」に「糀町鎮守荒神宮は、大川端に鎮座す。(中略)引き続いて延命院此地に堂舎を建て移りしとなん」とあります。

 

以上 今日も「米子の小路」 八十八 米子まちなか歩こう会さんのガイドブックで勉強させていただきました。

 

それでは、明日も一円玉天気かな?

明日も一日、頑張っていきまっしょい!