実のことを言うと一昨日のお休みの日の夜はほとんど眠れませんでした。
休み明けの昨日予定している工事のことを考えるといろんな想像をしてしまって。
そんな神経質なタイプには見えないんですけど・・・。
昨日の朝からスタートする工事。
雨は絶対NOだったんです。
普段から雨男に近い私は翌日の予備日に至っても降水確率90パーセントの天気予報が恨めしくて。
数時間ごとに更新される天気予報を恐る恐る見る。
あ~もう駄目だ!なるようになれ!
朝になり朝礼も耳に入らず現場へ出発!
門永さん、服部先輩にも応援を依頼。頼もしい!
集合住宅の駐車場区画線・番号の工事。
80世帯の住民の皆さんへ事前告知。1台でも駐車してあると工事の妨げにとお願いし、工事のスタート時には1台も停めてありません。
本当に感謝です。
あと、このラインを引く協力業者さんとも日程調整に苦慮し年度末に近いこの時期、無理やり予定を組んでいただき決めた日。
もう雨は絶対降らせません!
墨出しからスタート。
駐車区画線を1本1本50台分引いていき、今度は既存の消えかかった駐車番号を抹消していきます。
この時も車の出入りは頻繁で危険が無いよう、注意を払い各棟に3人で安全確認をしながら工事を進めていきました。
こんな感じです。
そして番号を1箇所1箇所、順番にセットしていきます。
バーナーで炙っていきます。
水を掛けて冷やしていきます。
少しでも早く住民さんたちに車を乗り入れていただけるように。
工事中、雨が数滴降りましたが奇跡のように無事終えることが出来ました。
もし中止の場合の再度の日程調整、告知などを考えるとホッとしました。
皆さんの協力で助かりました。
ありがとうございました。
さて、ホッとしたところで、今回で6回目。
米子の小路 八十八です。
荒神小路
日野町・茶町
昔、スーパーいしかわやパチンコ屋さんがあった辺り。
そうそう、近くにはここ、今でも頑張っておられますね、「おおはら模型」さんなど立ち並ぶ界隈です。
茶町と日野町の小路で、荒神宮があったことにちなみます。
長さ六十九間。
荒神見宮は茶町の有力商人持田屋が自分の敷地に小社を勧請して祀っていたもので、後に畑の中に四百坪余の社地を設けて遷座。享保十三年(1728)出雲国能義郡から社司恩田氏を迎え、毎年8月28日に例祭が執り行われました。
江戸時代には、境内に神楽殿や角力場などもあったといいます。
明治元年(1868)に萬能社に改められましたが、その後昭和32年に焼失しました。
そして昭和48年に加茂町二丁目の賀茂神社天満宮に合祀されました。
旧社地には記念碑が建てられています。
今日も「米子の小路」 八十八 米子まちなか歩こう会さんのガイドブックで勉強させていただきました。
それでは今日も一日、頑張っていきまっしょい!














