昨日は、5月18日。

「ことばの日」でした。よくこうやって語呂合わせできますね~。

言葉の日、そして親父の誕生日でした。

88才。米寿です。

仕事帰りに病院に着くと、ちょうど救急車が到着していて入口付近が慌しい。

同じ階に入院していた方でした。びっくりしました。

いつものように話かけますがこの日は、ベッドの中で眠たいモード。

たまに目を開けて見つめてくれましたがあまり気乗りしないようす。

「おめでとう!」の言葉に少し反応。

それだけでOKです。



家族で姫路へ。もう半世紀前のこと。

いろいろ連れてってくれた。

だから、今の僕もその血を継いで旅好きなのかも。(なかなか行かれないけど)



若い。

ちょっと生意気盛りな頃。

そう言えば生涯一度だけビンタを張られたことがあった。



思春期の頃かな。

とにかくこういう目つきが(本人に悪気は全く無いのだけど)気にいらず、機嫌が悪いときだったか「目つきが悪いよ」みたいなことを言ったのだと思う。

すこ~んと平手が飛んできた。

やっぱりこういうのって覚えているもんですね。

だから子どもへのDVとかニュース見てて信じられない。

痛くて怖いですから。そんなのしたくない。



家で晩酌、カラオケ大会。

買いたての8トラのカラオケで、覚えているのは何だろう?

「骨まで愛して」。これっきゃすぐに思い出せない叫び

延々と何十年と聞いてきた「骨まで愛して」。おそらく僕も歌える。


それから、ホテルマンから実家の硝子屋に転職。

それまでの「かしこまりました。」生活から一転、「まいど!」の言葉。

三ヶ月近く、この「まいど!」が言えなかった。関西人でも無いのにこの言葉が恥かしかった。

一から十まで、個人の大工さん、工務店、大手ゼネコンへの営業のノウハウを教わった。

いつの頃からか自分が上位になった気で子ども扱いしてしまったこともあった。

お酒の付き合いも教えてくれた。

10代後半から22才までの大阪生活。

近鉄八尾駅の高架沿いの電車が通るとうるさいアパート。

大阪に用事があって。とわざわざアパートに寄ってくれてオープンして間もない八尾の西武百貨店の食堂街で「普段、いいもの食べてないだろう」と、晩御飯を食べさせてくれた。

そのお返しにとアパートの下が安~いスナックで、鳥取から親父を連れてきたと紹介したら、ママさん「1本サービス!」とウイスキーを出してくれ、二人で渡哲也の「くちなしの花」を歌った。

そのとき、すごく喜んでくれたのを今でも覚えてる。

二人とも部屋に戻ってバタンキューでした。


長い思い出話を書きましたが、これは過去形の話になっていますが親父の人生はまだまだ続きます。

卆寿、白寿もクリアできるんじゃないかなニコニコ


年を取って思い出話が多くなりすいません。


それでは、今日も快晴。

今日も一日、頑張っていきまっしょい!