家に帰るとあたたかいシジミの味噌汁が用意してありました。ホッとしました。どんな所へ行っても帰る家があるって本当にありがたいです。米子。心が落ち着きます。
前置きが長くなりました。先週土曜の夜の深夜便のバスに乗り、昨日の午後2時40分には新横浜から帰路へ。
ここ数ヶ月、姉のお見舞いの機会をうかがっていました。この日に決めたのは数週間前。行って何がしてあげられるわけでもないのですが顔が見たかった。声が聞きたかったというのが本心でしょうか。
この日に向けて何をしようか。変な言い方かもしれませんが亡くなった母の入院中にお守り、お札などもらいに回ったことがあります。幸い、姉の様子は毎日のブログで垣間見れる。善意の皆様からの多数のお見舞い、お札など見させていただき、感謝の気持ちとともに自分なりのものを考えることにしました。
大山の滝に打たれてこようか。これも何か違う。火の燃え盛る道を歩いて渡ろうか。そんなこと意味がない。ある時、高校野球でベンチに千羽鶴が吊るしてあるのを見ました。
単細胞な僕。これなら自分でも出来そう。思わず色紙を買いまいた。生まれて一度も(幼稚園ではあったかも)折り紙など折った記憶のない自分に折り方を大蔵大臣にならい、お見舞いの日に照準を合わせ折っていきました。きれいに折れない、意外と時間がかかる。止めておけばよかった。まだ誰にも話してないんだから。ともう一人の自分がささやいた日もありましたが夜になると応援してくれる大蔵大臣の姿がありました。やってやる。普通の方からしたらなんてこともない折り紙でしょうが自分の無能さが解った毎日でした。
出来たそんな時にアクシデント。色分けした段ボールの中に入れた折鶴に我が家の愛猫(この日ばかりは憎い猫)ポニョがおしっこをしていた。もう目の前が真っ暗。それと何も考えずに折っていた鶴も大蔵大臣から黒や金、銀の色はおかしい。と廃棄処分。やっとこの頃インターネットで見た千羽鶴の大きさの違いに気づきました。「千羽鶴用の折り紙があるのは知っていたけどお父さん、初めて折るのに難しいと思っていたから黙ってた」と。この時、数もかなり減り。やっぱり持って行くのやめようと話しました。眠れないまま朝を迎えると大蔵大臣が糸を通し吊るせるようにしてくれていました。ある分だけでも渡してあげたら。と言ってくれました。涙が出ました。ありがたかった。出発前ぎりぎりセーフです。
僕を乗せた深夜バスは品川駅へ朝7時前に到着。娘とモッチーが横浜から迎えに来てくれた。朝の大黒ふ頭の朝日がまぶしい。今日はいい天気そうだ。
娘の家でモッチーの手作り朝食をいただく。美味しかった。恩返しに娘の家の掃き出しサッシの網戸の張替えをさせてもらった。米子から横浜に網戸を張替えに道具を持って行く人間は僕くらいかな~![]()
11時頃。姉のところへ。甥っこ家族も来てくれていました。姉が手料理でお出迎え。(写真撮ってないんです)言葉がなかなかうまく出ない。尚且つ席に着くと目のやり場に困るようなきれいで可愛らしい千羽鶴が飾ってありました。この時から心臓は高鳴り、袋に入れて来た鶴はそのまま持って帰ろうか。いやあまりにも大きな袋だから開けずに持って帰ろうとすれば疑われる。など。食事中も気が気でありませんでした。
姉のご主人も仕事から帰って来てみんなで会食。ギューママさんの穴子の干物も美味しかったのに味わう余裕がなくてごめんなさい。たった一人、ビールをいただいている僕。(断ればいいのにね)お酒の力を借りて帰る際に渡しました。恥ずかしかったけど気持ちだけ込めたから許してください。
でも顔を見れて良かった。僕に米子の地があるようにお姉ちゃんにもこの家族、子ども、孫、そして僕の娘が横浜にいるんだね。そんな姿が見れて少しホッとしました。いろんな治療で大変でしょうが良くなることを切に願っています。
またいつの日かゆっくり大蔵大臣と訪ねます。それまで米子から元気玉を毎日送ります。
(番外編)7時間の滞在時間中。横浜を感じた15分間。娘の家から姉の家までの車中。モッチーが寄ってくれました。横浜スタジアム。この日はアメフトの試合が組まれていました。前日はベイスターズのファン感謝デー。11時オープンちょうどのお土産売り場。昨日は感謝デー福袋の販売があり3時間待ちだったそう。お目当ての2016年カレンダーを購入。ありがとう、モッチー!
スタジアムから山下公演に向かうイチョウ並木。今度、ゆっくり歩いてみたいと思います。
(番外編)も終わりました。個人的な内容で進めてしまいました。
社長、専務他、スタッフのみんなの寛大な心にいつも救われ感謝しています。
明日からは12月。新たな現場も控え、体調万全で望みます。皆様、よろしくお願い致します。
それでは今日も一日、頑張っていきまっしょい!





