僕の一日


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先週末の早朝に米子の城山に行ってみました。それは、先日の8月22日(月)の日本海新聞の 私の視点 というコーナーに載せられた「史跡の樹木伐採に思う」という投稿の内容を自分の目で確かめてみたかったからです。米子がいな祭りの城山の石垣のライトアップの為にオニグルミの林やヤブツバキが伐採されたというものでした。正直言って、植物にどれほど興味が深いわけでもなかったのですが、文の中にランニングやウォーキングなど市民の憩いの場となっていると書かれている事が気になったのです。

城山に登るのも20数年ぶり。春の桜祭りの花見の際、みんなで駆け上がって以来でした。

もう最初の数10段登ると息が切れ、呼吸が困難に。運動不足はよくありませんね叫び

早朝だというのに、近くの医大に入院されている患者さん(パジャマが似ていたので)や、既に頂上に登り下山を掛け足で下りてこられる中年男性。お年を召したご夫婦、家族連れで散策されている方などいろんな方とすれ違いました。みんな、どちらともなく「おはようございます。」と気持ちのよい会話をさせていただきました。


僕の一日



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かれこれ10分ほど歩いたでしょうか。番所跡という所に到着。確かに、ここらで木陰に入り、ひと呼吸おきたい。そんな場所に無残にも伐採された木々が悲しく残っていました。いったい何がしたかったのでしょうか?

この姿を見、そして下の写真。


僕の一日



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頂上から見た米子の景色。うまく撮れなかったので載せていませんが安来方面もきれいに見る事ができました。

城をライトアップさせるよりここからの景色を米子市民、祭りの見物に来られた方々に見てもらった方がよっぽどいいのではないでしょうか?

昔、学校の国語の先生が「祭りはね、待つ里(まつり)とも言うんだよ。覚えといてね!」と。

夏、故郷に帰って来る子供たち、親戚の人たちに地元の祭りに連れてってあげよう、見てもらおうと楽しみに故郷で待ってるよと言う事なんだそうです。祭りって市民にとっても大切な行事だったんですね。

だからこそ、昔からの伝統も大切にし、尚且つ、今の時代にマッチした事を真剣に考えて祭りという物に携わっていただきたいと思います。震災も発生して「今こそ日本頑張ろう!」という時に生粋の米子っ子の意見で税金を使い思いついたとすれば少し悲しいかなとも思います。

将来の子供たちの為にも、米子を、米子の祭りを、また考え直してもいいのではないでしょうか?