自分のブログが募金箱になるってどう? ブログネタ:自分のブログが募金箱になるってどう? 参加中
 今回は、自分のブログが募金箱になるブログパーツを貼ってみました。
いつも、勝手な事書いているブログですが、少しは世の中に貢献できたらいいなと思って、さっそく左サイドに設置しました。

 日本は、世界でもまれに見る良い水に富んだ国だそうです。でも、最近は、都市の開発による水の集中など、色々と問題が起こってきています。東京などは、人が過密に住んだり、通勤通学しているので、天気次第では、渇水の恐れをいつも抱えています。
 個人的には、我々透析患者も、透析をする時にとても多くの水を消費しています。いつか、東京の夏が水不足の恐れが高まった時、透析施設では、取水制限から断水に至った場合は、その時間帯の透析が中止になるかも知れないと患者に伝えられました。幸いなことに、何とか、上流のダムに雨が降ったので、その年の夏は無事に乗り切ることが出来ました。
 
 今後、世界では、人口増加や自然破壊、乱開発から水不足が常態になるリスクが高いそうです。今でも、インドなどの農業国では、地下水位が年々下がってきて、井戸をさらに深く掘るという悪循環に陥っているそうです。お金の無い農民は、井戸も掘れず、地下水位が低下して農地では、土中の塩類が析出してくる塩害の被害が心配されています。

 また、日本もそうですが、先進国が輸入する食料、食品や工業生産物にも、現地の水がたくさん使われています。例えば、ハンバーガー一つを食べたとしても、牛を育てるため、小麦の収穫のため、包んでいる紙を製造するためにも、多くの水が費やされています。そんな水を”バーチャルウォーター”と呼んでいますが、日本は、そうした形で、生産国の水までも大量消費していることを忘れてはいけません。

 それに、日本が海産物の富んだ国であるのも、海に栄養のある水が流れ込んでいるからです。このことに気がついた一部の漁協の人々は、上流の林業の従事者と協力して、森林の整備をしているそうです。

 なお、最近、外国の企業が、林業の衰退から、荒れた森林の水源地を買い占めようという動きが見られるそうです。水源が、外国企業による天然水の汲み上げが進めば、下流の川の水もどうなるかは一目瞭然でしょう。
 こうした危険な動きが、案外、国民に知られていないことは悲しいことです。

 将来、世界中で、限られた水資源をめぐっての争奪戦が行われるリスクが高まっています。

 アフリカなどの発展途上国がいちばんの被害を被るでしょう。しかし、現在も、そうした国では、上下水道の利用どころか、きれいな水を得るための井戸も不足している状態です。汚染された水を飲むために、子どもたちを中心に、健康被害も改善されずに増える傾向にあるようです。

 まだ、僕たちの国は、豊かな水の国です。ただし、将来はどうなるか分かりません。

 いつも、水の大切さを考える必要があります。

 そして、今回貼ったブログパーツは、きれいな水に縁が遠い国の子どもたちのための募金が出来るものだそうです。生きるために、大量に水を消費している透析患者の一人として、ブログを通して、感謝の気持ちを少しでも表わしたいと思った次第です。


TAP×music きれいな水を世界の子供に届ける方法
自分の字、好き? ブログネタ:自分の字、好き? 参加中
 小学生の頃から、口うるさい父親に、お前の字は下手糞だと言われ続けてきました。
だから、今でも、自分で返信用のハガキや封筒に自分の住所と名前を書くのは、ちょっと苦手です。なんせ、自宅に届いた時、誰が書いたか直ぐ分かってしまうからですね。

 最近は、パソコンのワープロで、このブログのように書くことが多くなったので、以前ほど自筆で書くことは、手続き以外、少なくなりました。でも、アナログの手紙をもらうと嬉しいですね。その人の性格や気持ちが込められているような気がします。同じように、僕の字も僕なりの個性でいいのかなと最近は思うようになっています。

 僕は、習字がまるっきり駄目です。筆遣いが分からない。だから、お祝いやお香典の名前を書くのは苦手です。最近は、筆ペンが普及していますが、やはり、基本は筆遣いですから事態は変わっていません。
 ※昔は、デパートなどで熨斗紙に字を書く人が決まっていましたね。習字のうまい人。でも、この前、デパートで書いてもらったら、パソコンで印刷されていたものでした。プロの世界も、自筆が減っているようです。

 習字は、習えば少しはましになるかも知れませんが、全く習おうという気が起きませんでした。でも、ペン習字は習おうかなと思った時もありました。昔、よく、学習雑誌の裏ページに宣伝が出ていましたね。ニッペンのペン子ちゃんでしたっけ?漫画で宣伝していましたっけ。今は、通信教育の科目の中に、ペン習字がありますね。一回、受けてみようかなんて思いましたが、最近は、社会もワープロで何とか文書を書く傾向になっていますから、止めておきました。

 きれいな字にあこがれていましたが、元々,性格がひねくれているもんですから、みんながお手本通りの字を書いても、少しも面白味がないと、変に納得してしまいました。

 けなされても、長年慣れ親しんできた自分の字です。愛着がないと言ったらウソになります。走り書きの時は、最悪の字ですが、そんな時は、人に見せる目的ではないので、問題無しです。ただし、急いで書いた時は、自分でも何の字を書いたのか判別できない時もありますが。

 大切な人には、時間をかけて丁寧に書けばいいのですが、せっかちな性格から、そうはうまくいきません。相手には、申し訳ありませんが、それが僕の普段の字なんです。僕は僕で、自分の大好きな分身なのです。恰好をあまり気にしないのも、本人と字と同じ性格なんですよ。

 最近は、自筆の手紙、すっかり書くことがなくなりました。好きな人が出来たら、書けるのですが。