- 今年は、j韓国併合100年の年を迎える。司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」が、氏の遺言ともいうべき映像化の禁止という医師にも関わらず、NHKでドラマ化され、続きもこれから放送される。その作品の中では、韓国併合は地政学上から仕方のないものだったという著者の史観が見られる。しかし、出版後の歴史上の評価の変化により、司馬氏は、映像化を拒否したようだ。氏も、別の著作の中で、映像化がミリタリズムを鼓舞する恐れがあることを危惧しているくらいだから。
さて、この韓国併合の不幸な歴史の負の部分が、日本と韓国の手話に共通表現が多いことをもたらしたことを、4月24日付けの朝日新聞夕刊の記事が取り上げている。
韓国併合後の13年に、朝鮮総督府が、官立の聾教育機関として「済生院(さいせいいん)盲啞部」を設立し、同校の教員のほとんどが日本人であったことから、この時期に日本式の手話表現が流入して共通化が進み、初期の韓国手話が成立したとの、韓国手話学会元会長の金七官(キムチルガン)氏の見解が紹介されている。
基本表現については、同じ単語が35%ほどとの研究も記事の中には触れられていて、類似表現も少なくなかった。しかし、時代が進むにつれて、新しい表現などには違いが見られるようになっている。なお、興味深かったのは、北朝鮮と韓国における手話が、出発点が同じものであったのに、それぞれが違ったものとなっていた事である
現在、日本の中でも韓国手話を教えている所があるそうだ。
なお、この共通性に関しては、以前に「キム君の韓国手話」というDVDが販売された時にも、話題になったそうだ。このDVDは、現在は売られていないようで、残念である。
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