先日の”待ち人来らず”の結果はというと、自分にとってはやっぱりというものでした。
彼は姿を見せなかったということです。
思えば、自分は何て馬鹿だったろうということなんですよね。
ドンキの前に、お昼頃からいて、結局は彼に会うことなく午後6時近くまでそこにいた(途中、マックで窓からドンキの入口を見ながらランチタイムしてたり、ドンキの中をのぞいてたりもしていたというのが正確なものの言い様なのですが)、自分に呆れたというわけです。でも、少しばかりの我慢強さとお人好しには、自分でも評価していたりしているんです。
ろう者と聴者のそれぞれの文化の違いからくるギャップは、なかなか理解できるものではありません。お互いに、そのことでは、情報を発信して共有しなければと思うのですが、現実は難しそうです。
冗談が冗談として通じなくて、半年近くメールの受信拒否を続けた友人がいました。現在はそういうことがなくなりましたが、その後も感情の行き違いから、彼の受信拒否は続きました。正直な所、いささかウンザリしていた時は、彼からのメールが来ないことと、即返しなくて済むので、ホッとする時間を持てたのですが。
さて、当日姿を見せなかった友人は、「後30分で帰ります」というメールを送った時、謝罪らしい返事が来ました。それまでは、最初の「大きく」遅れるというメール以後は、これといった意味のあるメールは来なかったのに。
メールでは、自分の「不注意」からと弁解していましたが、その日に会うことは2週間ほど前から約束していたし、その前日にも彼から、念押しのメールが来ていましたので、「不注意」という言葉の意味するところは理解できませんでした。また、文末では、今後はそのようなことがないように「対策をとる」と書いてありました。僕は、モノでも自然災害でも、人災でもないんですよ。「対策」されても困ってしまいます。
といっても、僕が手話をうまく表現したり、読み取ることが大変なこと同様に、彼にとっては文章を書いたり読んだりするのは大変な作業なんですよね。以前、4月1日に、彼に「今日はウソをついてもいい日なので云々」というメールを送ったところ、その文の意味がわからないという返事が来ました。彼は、20年近く「エイプリル・フール」という言葉とおその意味を知らなかったそうです。
お互いの異文化からくるコミュニケーションギャップが、今回の待ち人来らずにもあったのでしょう。「大きく」遅れるというのが、どれほどの時間を意味しているのか、そもそも何が原因で遅れてくるのか、到着時間の見込みと一緒にメールで連絡してくれれば良かったのにと強く思っています。
という僕も、聴者の論理に縛られていることは、気がつかないことを含めて、ものすごく多いのですよね。
以上、待ち人来らずの話の顛末でした。次に、彼と会うのはいつのことになるのやら。
6月2日から、地元の古本まつりに地域腎友会で参加しています。初日、昨日なのですが、一日中大雨で、最悪の開幕でした。テントの中にも、水の雫がかかってきて、売り物が濡れる心配と処置で心身共休まる時間が少なかったです。売上もほとんどなかったですね。なんせ、プロの古本屋さんたちは、雨のため、異例のお休みとなったのですから。僕の会も、このお祭りには数回目の参加ですが、雨が降った日も古本屋さんは店を開けていました。
テントの屋根に溜まった大量の水を、テントの下から手で持って押し上げて外に流そうとするのですが、どうもうまくいかず、自分の方に水がかかってしまうことが何回もありました。シャツは、腕を中心にびしょ濡れと相成りました。でも、一緒にいたお手伝いの患者仲間とは、色々な話をしたりして、交流はできました。
障害者団体ということで、テント代は無料なので、ゴールデンウィークの後半に頑張って販売しようと思っています。今日は、僕は透析なので、朝はクリニックに行く途中にテントの様子を見に行ってきます。今も外は大雨なので、その時、悲惨な状況になっていなければ良いのですが。また、テントの屋根の水を流さなくてはいけないのですが、透析前なのでもう濡れ鼠にはなれません。透析が終わってからも、テントには寄るつもりです。本日の担当者は、月水金に透析をしている人たちです。曇りでなくても、せめて雨が小降りになりますように。担当者には頑張ってもらいたいです。昨日の分まで。でも、無理させてはいけませんよね。さて、テントはどういうことになっているのでしょうか。
彼は姿を見せなかったということです。
思えば、自分は何て馬鹿だったろうということなんですよね。
ドンキの前に、お昼頃からいて、結局は彼に会うことなく午後6時近くまでそこにいた(途中、マックで窓からドンキの入口を見ながらランチタイムしてたり、ドンキの中をのぞいてたりもしていたというのが正確なものの言い様なのですが)、自分に呆れたというわけです。でも、少しばかりの我慢強さとお人好しには、自分でも評価していたりしているんです。
ろう者と聴者のそれぞれの文化の違いからくるギャップは、なかなか理解できるものではありません。お互いに、そのことでは、情報を発信して共有しなければと思うのですが、現実は難しそうです。
冗談が冗談として通じなくて、半年近くメールの受信拒否を続けた友人がいました。現在はそういうことがなくなりましたが、その後も感情の行き違いから、彼の受信拒否は続きました。正直な所、いささかウンザリしていた時は、彼からのメールが来ないことと、即返しなくて済むので、ホッとする時間を持てたのですが。
さて、当日姿を見せなかった友人は、「後30分で帰ります」というメールを送った時、謝罪らしい返事が来ました。それまでは、最初の「大きく」遅れるというメール以後は、これといった意味のあるメールは来なかったのに。
メールでは、自分の「不注意」からと弁解していましたが、その日に会うことは2週間ほど前から約束していたし、その前日にも彼から、念押しのメールが来ていましたので、「不注意」という言葉の意味するところは理解できませんでした。また、文末では、今後はそのようなことがないように「対策をとる」と書いてありました。僕は、モノでも自然災害でも、人災でもないんですよ。「対策」されても困ってしまいます。
といっても、僕が手話をうまく表現したり、読み取ることが大変なこと同様に、彼にとっては文章を書いたり読んだりするのは大変な作業なんですよね。以前、4月1日に、彼に「今日はウソをついてもいい日なので云々」というメールを送ったところ、その文の意味がわからないという返事が来ました。彼は、20年近く「エイプリル・フール」という言葉とおその意味を知らなかったそうです。
お互いの異文化からくるコミュニケーションギャップが、今回の待ち人来らずにもあったのでしょう。「大きく」遅れるというのが、どれほどの時間を意味しているのか、そもそも何が原因で遅れてくるのか、到着時間の見込みと一緒にメールで連絡してくれれば良かったのにと強く思っています。
という僕も、聴者の論理に縛られていることは、気がつかないことを含めて、ものすごく多いのですよね。
以上、待ち人来らずの話の顛末でした。次に、彼と会うのはいつのことになるのやら。
6月2日から、地元の古本まつりに地域腎友会で参加しています。初日、昨日なのですが、一日中大雨で、最悪の開幕でした。テントの中にも、水の雫がかかってきて、売り物が濡れる心配と処置で心身共休まる時間が少なかったです。売上もほとんどなかったですね。なんせ、プロの古本屋さんたちは、雨のため、異例のお休みとなったのですから。僕の会も、このお祭りには数回目の参加ですが、雨が降った日も古本屋さんは店を開けていました。
テントの屋根に溜まった大量の水を、テントの下から手で持って押し上げて外に流そうとするのですが、どうもうまくいかず、自分の方に水がかかってしまうことが何回もありました。シャツは、腕を中心にびしょ濡れと相成りました。でも、一緒にいたお手伝いの患者仲間とは、色々な話をしたりして、交流はできました。
障害者団体ということで、テント代は無料なので、ゴールデンウィークの後半に頑張って販売しようと思っています。今日は、僕は透析なので、朝はクリニックに行く途中にテントの様子を見に行ってきます。今も外は大雨なので、その時、悲惨な状況になっていなければ良いのですが。また、テントの屋根の水を流さなくてはいけないのですが、透析前なのでもう濡れ鼠にはなれません。透析が終わってからも、テントには寄るつもりです。本日の担当者は、月水金に透析をしている人たちです。曇りでなくても、せめて雨が小降りになりますように。担当者には頑張ってもらいたいです。昨日の分まで。でも、無理させてはいけませんよね。さて、テントはどういうことになっているのでしょうか。