3月29日(火) 当初予定されていた「計画停電」が中止になった。クリニックの当初の予定は、停電を前提に3時間透析であった。前回も、計画停電が中止に及んだのに、透析時間は4時間に修正されることなく3時間の短時間透析が行われたので、当日は中2日という最悪の条件下での短時間透析を覚悟していた。しかし、中2日ということからか、無事に4時間透析を受けることができた。透析患者は、かなり振り回されている。今までの削られた透析時間3時間は、もう戻ってはこない。今後、そうした戻って来ない時間をどれだけ引き受けなくてはならないのであろうか。
 我々透析患者は、社会のよって生かされていることが、今回の事態は否という程認識された。
 この社会が正常に動いていない限り、我々は十分に生きることができないことがはっきりした。(僕が憲法9条の会に心惹かれるのも、戦時下では、透析患者は「非国民」とされ、一部の国家に有用な透析患者以外はおそらくは生き残ることが許されないと思うからである。)

 3月31日(木) この日も、計画停電が中止され、4時間透析を受けることができた。しかし、夜間透析を行っているクリニックは、かなり、予定の変更に苦労しているのだろう。夜間の患者は、就労条件から、安易に昼間に透析時間を変えることが困難である。その分、昼間の透析時間に大きな影響を与えている。患者のQOLを高めるという目的は、夜間透析の患者にとっての方が、大きな意味を持っている。
 次回の4月2日の透析は、中止で、代わりに4月3日の日曜日に変更になった。やはり、夜間透析の調節の影響が少なからずあるのだろう。なお、4月4日の月曜日まで、計画停電は中止だと東電から発表されている。

追記:僕は賢治さんにはなれない。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなのさいわい)のためならば僕のからだなんか百ぺんいてもかまわない。」
3月24日 計画停電は中止になった。しかし、クリニックでの透析は、開始時間が変わっただけで、透析時間は3時間の短縮透析であった。患者の視点から単純に考えれば、停電が中止になったのだから、せめて4時間透析に戻せなかったのかと思ってしまう。(理想的には、短時間透析の後は、せめて5時間透析位はしてほしいのであるが)。しかし、透析施設側にも当然そうせざるを得ない事情があるのであろう。機械や器具等の洗浄、消毒といった問題もあるのだから。なんせ、透析終了後、回路の針を血管から抜く時に、時たま使用する出血防止用のタンポン(内のクリニックでは団子と呼んでいる。既製品もあるが、ガーゼを巻いて作ったものを使用している)も、消毒ができないので、1回自分で使ったものを、次回の処置のときに再使用するから持参するように言われている。まあ、タンポンを使用しなければ問題ないのだが、止血の処置がうまくいかないと出血することも珍しくない。(つげ義春の「ねじ式」のイメージがいつも頭から離れない)。
 今回で、3時間透析が3回となった。

3月25日 久しぶりにサークルに出席する。地震後、初めて。会場は市内の高台にあり、いつも徒歩で行くが、往路の坂道には難儀した。呼吸が苦しくなるのである。花粉症の影響もあるのだろうが、透析導入直前の尿毒症の時の体調を思い起こした。3時間透析が続いたことの影響かもしれない。確実に身体が弱っているようだ。

3月26日、やっと4時間透析を受けることができた。少しの安堵感。しかし、次回の3月29日は、またもや3時間透析の予定だとクリニックからの告知。中2日なのに、短時間透析!ただし、東京電力の計画停電のエリアが5グループから25グループに細分化したため、明日の午後、171の伝言ダイヤルでクリニックからの情報をえる必要がある。でも、計画停電の「計画」が変わっても、4時間透析に戻る可能性は低いかもしれない。
 スタッフの疲弊も心配である。また、患者のメンタル面に及ぼす影響も気になっている。

 東京でも、区部は計画停電がないという。ネオンが輝く繁華街があるという。なんだか、不公平。でも、我慢。
 春の計画停電が終了しても、次は夏の計画停電が待っている。その時は、区部も計画停電の対象になりそうだ。無事、夏を乗り切っても次は、冬の計画停電。どうやら、来年の夏も行われそうだ。

 落語の「死神」のイメージがわく。人の寿命がろうそくで表現されている。話の時代を考えれば、このろうそくは、ハゼの木などから作られた和ろうそくなのだろう。そうすると、透析患者のろうそくは、和ろうそくとパラフィン製の洋ろうそくのサンドイッチ状のものだろう。2つの材料が、順序よく重なっている。しかし、パラフィンの燃焼時間は短い。健常者のろうそくの長さと比べて同じ長さでも、燃焼時間は短くなっている。本来、慢性腎不全で短くなった和ろうそくの部分に、パラフィン部分を入れ込んで、一見すると健常者のものと同じ長さにしているのだ。パラフィンの部分が透析治療の時間。
 今回の短時間透析で、パラフィンの部分の長さが少し短くなった。それに比例するように和ろうそくの部分も短くなってしまった。
 そういえば、地元では、計画停電が始まった当初、100円ショップや電気屋から懐中電灯、ランタン、電池が品切れになってしまった。浅ましきかな。人の買いだめ衝動のなせるワザだろう。その時、仏具屋のろうそくまで売り切れてしまった。知人で、ろうそくすら買うことができない人がいたので、仏壇用のろうそくを少し分けた。でも、後日、その蝋燭は1本2時間しかもたなかったという。パラフィン制の蝋燭は、本当にもたないんだ。
 3月21日付けの朝日新聞朝刊に1ページに渡って「透析 お願いします」という記事が載った。普段はマスコミが取り上げることが少ない透析患者について、『患者「命を守る闘い」というテーマで、大地震被災の患者たちが取り上げられていた。1週間の人工透析の中止は、死に至るリスクを高める。岩手、宮城、福島3県で約1.2万人の透析患者がいると報じられていた。
 災害時には、日本透析医会のHPから「災害情報ネットワーク」 にアクセスが可能で、各地域の災害情報を知ることができる。受け入れ可能施設の情報も載っている。私たちの三多摩地区の情報にもアクセスできる。

 東京は、計画停電の影響が透析患者と透析施設に大きな影響を与えている。

 我がクリニックは、ビルの8階にある。停電時は、透析ができないばかりか、エレベーターも止まるので、透析後に血圧低下の患者や、高齢者が階段を降っていくのは困難なことである。計画停電は、その字の通りに「計画的」に行われるわけではないので、直前になってみないと次回の透析がどのようなものになるかもわからない。また、直前に停電が中止されても、停電を前提にした時間変更などを元に戻すことも難しくなっている。新聞にも紹介されていたが、平均4時間の透析は、10キロ走の運動量に匹敵するという。

 地震が起きる前に、東腎協の三多摩ブロックの集会で、「長期透析のメリット・デメリット」という講演があった。現在は、4時間透析がほぼ標準のようになっているが、本来は、長時間透析の方が、患者にとってはメリットの多いものである。しかし、様々な要因から、長時間透析を行っている施設は少数派である。なお、3時間透析は、4時間透析と比べると余命期間が極端に短くなる。

 さて、計画停電の影響で、透析時間の短縮が行われている施設が少なくないようだ。朝5時頃から開始したり、深夜に行なうことで、今まで通りの透析時間をキープしている施設はごく少数なのだろう。

 夜間透析を行っている施設は、利用者の就労などの事情からも、変更にはかなり苦慮している。

 昼間の透析も、停電情報を睨んでの調節が厳しい。

 3月17日 いつもは9時半、10時、10時半、午後に透析開始の患者に対し、朝8時までにクリニックに集合、8時半から透析開始となった。透析時間も3時間に短縮。

 3月19日の透析は、20日の日曜日に延期。18日の金曜日は、クリニックを閉院して、金曜日の透析患者を19日に透析変更したため。おそらくは、夜間透析者のために、会社・仕事が休みになる土曜日に変更したのだろう。

 変更美の3月20日の日曜日は、いつも通りの時刻にクリニックに行く。この日は、4時間透析ができた。

 3月22日 またもや、朝8時集合、8時半から透析開始。この日も3時間透析。

 そして今日。計画停電は中止となったが、クリニックの指示では、9時半集合。10時から透析開始。3時間透析の予定。計画停電の状態から、果たして4時間の透析ができるのだろうか。融通が聞かない可能性も大である。また、午前中から始まる当初の計画停電が行われていたら、階段で8階まで歩くことになっていた。結果は、帰宅後に記録する。

 3時間透析という患者の命を削る実験を、今、患者自身が行っていることになる。仕方ないことなのか。

付記:地元の各クリニックでも、一部を除いて、透析時間の短縮が行われているようだが、時間の短縮を単純に喜んでいる患者もいるという。極端に体重が軽い体の小さな高齢者でもなければ、3時間透析が患者の体にどんな影響を与えるのかは、しっかり認識してもらいたいところだ。当面は、患者自身の自己管理も求められる。
 また、一番影響を受ける高齢者と夜間透析者の内、後者は、ほとんど患者会にも入っていない。患者同士の挨拶すらしない人が多い。非常時にも、個人で対処するのだろうか。