友達にススメたいマンガ
ブログネタ:友達にススメたいマンガ
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人間がこの世界に誕生したのは、地球が出来てからの時間の流れから見れば、ほんの少し前に起こったことである。しかし、現代に至るまでのごく短い間に「生物」の範疇を超える進化を遂げてきた。医学の発達はヒトの平気寿命を飛躍的に伸ばした。かくて、地球上に人間達が「自然の摂理」に反して満ちていった。そして、限られた自然の資源を食い尽くす方向へと進んでいる。生物の多様性も人間が破壊している。人間がこの世界にとってはガン細胞のような存在に思えてしまいのである。しかし、人間は、この世界の仕組みを解明しようという意思をもって研究を続けてきた。ビッグバンも量子力学も、生物として生きていくことには必用な事ではないのであるが。その意味では、人間の存在が宇宙の大脳皮質にも思えてくる。
そうした好奇心に応えてくれるのが、萩尾望都の「百億の昼と千億の夜」である。この作品にはSF小説の原作がある。光瀬龍の同名長編である。初めに読んだのは小説であった。読み応えのある僕好みの作品であった。人類の存在理由を哲学、宗教の考えも取り込んだ異色の作品であったが、難解な所も少なくなかった。その後、少女漫画界ではユニークな作家である萩尾さんが漫画化していることを知った。早速読んでみたが、萩尾さんの世界に翻訳されて、原作の理解に対するイメージの具体化などで大いに役立ったのとは別に、独立した作品として楽しめた。
数年間に、上野の国立博物館で開かれた興福寺の阿修羅展は多くの観客を集めた。阿修羅像か時代を超えて人々を魅了した。漫画が描かれたのは、その熱気のずっと以前のことであった。漫画に描かれた阿修羅は少年のようでもあり、少女のようでもあった。この作品は、既に今多くの人が共有している阿修羅像を、未来をも見詰め得る視点でもって書かれていたようである。

 プラトン、釈迦、ユダそして帝釈天と永遠に思える戦いを続ける阿修羅たちの、『アスタータ50の惑星開発委員会が「シ」の命で行うヘリオ・セス・ベータ型開発実験』という謎に迫っていく。

 人間たちは進化を遂げているようだが、世界と共に終焉に向かっている。当初は、世界の終末は阿修羅の力によるものであると告げられた釈迦、シッタールタが阿修羅に会いに行く意思も、誰かの導きによるものであったのか。

 エントロピーゼロの世界。デュラックの海。そうした物理学、数学上の観念と、今、解釈の再構築が求められている仏教の無常観、実在した釈迦とは次元の違う仏の解釈等が、混じり合った終末論は、難解だが、考えることを求める。

 ストーリーだけを追って読むのも構わないだろう。しかし、この作品から読み取るべき人間の現代までの哲学、宗教観の事故による考察も、終わりのない作業のようでもある。阿修羅の絶対的孤独と、かすかな希望の念が描かれる作品の週末まで読み通した後に、さらに阿修羅と共に進むべき世界の存在を知っての驚愕。

 思考力が失われつつある若い人、人生の黄昏に入った人にも、読むことで今までの人間の進化の果実と、ヒトという種の死の観念を含んだ未来への視点からの考察目指して、理性と感性の力を動員して読んでもらいたい漫画である。

 ゴーギャンの言葉ではないが、人間はどこから来て、どこに行くのだろうか。


百億の昼と千億の夜 1 (少年チャンピオン・コミックス)/萩尾 望都


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知ってほしい!子どもの「こころの病気」〈4〉神経症 気になっちゃう/著者不明
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 「こころの病気」と言っても「脳の病気」は、子どもにも起こりうる。悩みや症状別に、項目を選ぶことができ、「みんなにしってほしいこと」の記載には、「こうしてほしいこと」「これはやめて」の二つの観点からの対処法が書かれている。
 このシリーズの4巻は、【神経症】気になっちゃうということで、不安障害、気分障害(うつ病)、統合失調症、パーソナリティ障害がとり上げられている。ビジュアルな本で、気持ちの表現をわかりやすいように絵が多用されている。なお、著者不明ではなく、監修者がちゃんと存在している。
 僕も一時期は、手を洗うことが止められない、特定のモノに触れない、パニック障害で、そうしたことからなかなか離脱出来なかった。
 このような児童、生徒向けの本があることを知ってもらい、当事者も周囲の人たちも、病気を理解することから、悩みを克服するための参考にしてほしい本である。大人が読んでも参考になるだろう。
 そして、良い精神科医に受信することで、気持ちを楽にしてもらいたい。子どもたちが、成長できるためにも。
男性10人に1人 精子に問題アリ
子どもは作る気になったらできるもの─。あなたも含め、そう思いこんでいる男性は多いかもしれない。だが、..........≪続きを読む≫
 生物学的に見た場合、生殖能力を失ったオスは、その種にとって意味のないものとなる。
種全体にそうしたことが拡散してしまった場合は、種そのものの存続に関わっていく。

 個体としての生物に死があるのと同様に、種にも死があるという考え方がある。
この世に存在するものは、そこにいつまでも留まる事をせず、変化してやがては無に帰す、という仏教の無常観を連想してしまう。ヒトという種も、種そのものの終焉を迎えるのであろうか。
 ヒトという存在は、どうも自然の存在としては異質であり、反自然の存在に思えてくる時もある。
文明の発達は、医療の面でも、食料増産の面からも、人口の爆発的増加をもたらした。その過程で、限られた地球の資源を使い、廃棄物を撒き散らかした。ヒトは、また、どれほどの地球上の種を滅ぼしてきたのか。
 生物界の多様性を破壊してきたのも、「万物の長」を自負する人であった。
 その不自然な存在であるヒトにも種としての死が訪れるのかもしれない。

 男性の精子の数の現象、運動性の喪失、無精子症も、もしかしたらヒトという種の死の始まりを意味しているのではないかという幻を見る感じがした。

 その一方で、女性が精子なしで受精できる生化学の進歩もありうるのかもしれないと思える。

 女性は決してアダムから生まれたものではない。ミトコンドリアイブの話もある。

 とは言っても、人間という存在は必ずしも生殖という縛りに囚われたこなかった。性的志向が同性に向かう場合、それは完全に生殖から遠ざかっていることになる。不妊症であっても、原因が男にあろうと女にあろうと、パートナーとして生活、もっと広く生を共にすることは意味のあることである。愛という感情も、生殖という観念から独立して存在できるようになった。ヒトとして生きることと、人間として生きることは区別されるようになった。子どものいない夫婦も幸福を追求出来るし、同性愛も異常とされた世界から解放された。

 しかし、男性の精子の減少など生殖能力の衰退は、ヒトとしての種の終焉の前触れではないかという恐れの感覚は強く感じられる。エビデンスなどないのであるが。
うれしかった偶然ブログネタ:うれしかった偶然 参加中


今日は、大変なミスをしたことをやり過ごしてしまう所でした。調子に乗っていた自分の反省の気持ちを忘れない為にブログに書いておきます。そして、偶然の重なりが僕の非常識な行動を救ってくれた事を。

組織の中で行動することにおいて、一人で行動するということはありえず、他者との関係性の上で行動している、調子に乗るとその事を忘れてしまいます。上司から、大事なイベントの担当を任されました。初めての経験でしたし、自分には重すぎる仕事でした。急いで企画を立て、参加対象者に送る案内状を作りました。その案内状で大変失礼な事をしてしまいました。上司の肩書きと名前を書かずに、代わりに自分の名前を書いた案内状を発送してしまいました。

今日の役員会では、運がよかったのか、その上司をはじめ、僕の案内状を示しての説明の所では、どの先輩達も、たんたんと話を聞いているように見えました。本当は、上司は説明の間ははらわたが煮えくり返る思いをされていたに決まっています。集まりが終わって、しばらくイベントの事で役員と話した後、会場に人が少なくなった時に、さあ帰ろうかと思いました。その時、誰かが帽子を忘れていると声がしました。Aさんの帽子だとの事、多分まだ下の待合所にいるかもと言われ、さっそく届けようと思いました。この帽子が偶然の救いをもたらしてくれました。
下に降りると、帽子の持ち主がいました。彼に渡した後、彼と同席の先輩役員が僕に話があると部屋の角で例の案内状の無礼さを指摘してくれたのです。そして、その事が集まりの時に役員達に発覚していたら糾弾されて当然だったと話してくれたのでした。先輩役員は気が付いていたわけです。帽子を届けたタイミングの良さは、僕に反省をさせたものの、集まりで黙っいてくれたのでした。反省と感謝の気持ちを伝えて、駅に急ぎました。時間的には、集まりの参加者はすっかり帰っているころでした。心が痛いまま、ホームに進んでいきました。そこに見覚えのある二つのシルエットが見えました。近づくと、やはり上司が他の役員と電車を待っていました。すぐに、自分のした無礼の謝罪をしました。気が付いたならいいよと許してくれました。電車の中でも自分の愚かさを恥じている気持ちを伝えたかった。同席の役員も僕をフォローしてくれました。
忘れ物の帽子を届けなければ、無知のままで帰宅を急いだことでしょう。
偶然が演劇の台本のように、重ねて僕に行動をとらせてくれました。それが嬉しかったと素直には表現できませんが。
でも、本当は僕を取り巻く人達の優しい気持ちが、そのような展開の本当の原因だとも思えるのでした。