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自己批判

自己批判

前回の記事では、将来の不安にとらわれるのはやめようという趣旨のことを書きました。

でもやっぱり将来は不安だし、考えておかないと…。

結構です。考えてください。
ただいくつか質問させてください。


なぜ、将来が不安なのですか。


俺強みとかないから、就職できなかったりするかもだし。


なぜ、強みがなくて就職できないと、いけないのですか?


え、だって、就職できないと、金に困るから。


なぜ、金に困るといけないのですか?


生活できないし、好きなものが買えないし。


なぜ好きなものが買えないといけないのですか?


買いたいものが買えないと、嫌だから。


つまり、精神衛生のために経済的余裕を確保するべく就職せねばならないために、就職できるかどうかが不安なわけです。
では、将来を不安視している今、精神衛生は良好ですか?


とここで、矛盾します。
嫌なことを避けようとして嫌な目に合っています。
健康のためなら死んでもいい!と同じ構造のように思えます。

今、嫌な目にあって、後々の嫌なことを回避できるのなら、それは正当です。
が、後々の嫌なことを回避するための行動としては、悩むことは優先順位が低いものだと思うわけです。
悩むよりも先に、目の前のことに全力で取り組むのが先じゃないですかね。

細かいところは後に語るとしまして、
将来に思いをはせて、不安を感じ、悩むこと。これにさほど大きな価値はありません。
今、不安に支配されている人間が、どうして将来幸せになれるんだろう。
今さえも、幸せに生きられない人間が、どうして将来幸せになれるんだろう。
という風に思います。

もちろん、快楽的な生活を推奨しているわけではないのであしからず。



モラトリアムの中で多くの人が煩悶としています。

将来が不安だ…。
今まで強みを築いてこなかった。
本当に幸せな将来を送れるのだろうか。
大変なことばかりじゃないか。
ダメ人間になるんじゃないか…。

それで、あなたは充実した人生を送れますか?

今、将来のことを考えすぎても意味はありません。


将来が見えなくてもいいんです。
将来が見える人は、占い師にでもなってください(笑)
将来がはっきり見える人なんでいません。


自分のなりたい姿や夢を持っている人は輝いて見えます。
夢を語る姿ってかっこいいかもしれません。
だから、夢を持ちたがります。かっこいい人になりたいから。


でも、夢は変わるものです。
将来の願望は変わるものです。
将来の願望は自分の思想に基づいているのだから。


自分が成長すれば、思想が変わるのは当たり前。将来の願望が変わるのも当たり前のことです。
あなたは今後、すさまじいスピードで成長するはずです。
とすれば、将来の願望はすぐに変わっていく。それを深く考えすぎても仕方のないこと。


夢を持つことは立派なことだと思います。
でも、夢を持つために立ち止まっていたら、あなたのその時間はあまりにももったいないですよ。


将来が決まって初めて努力ができる!なんて言う人は、砂遊びに熱中したことはないんですかね。
かけっこで一番になろうと頑張ったことはないんですかね。


かけっこで一番になりたいから、かけっこを頑張る。
確かに。
ではなんでかけっこで一番になりたいんでしょうか。
かけっこをするから、かけっこで一番になりたくなるのではないですか?


夢が定まったから、夢に向かって努力する。
立派だと思います。
ではなぜ夢が定まるのでしょうか。
活動をしているから、夢が定まるのです。


将来の夢がないとか
将来が見えないとか、
将来が不安だとか、
そんなことで立ち止まっている暇はありません。

将来のことで悩むのは結構です。
でもぐずぐず煩悶とし続けていては、将来へのリスクを高めるだけですよ。


要するに…

さっさと動け!(笑)