この追憶を書き始めた理由は、
実体験を通して何か貢献できることは無いかと考えたからです。
真実味の無い言葉に説得力は無い気がしたからなのですが、
私もかつては、空しい、無関心、無気力な人間でした、
この頃三無主義などと言われていましたが、
その一人でした。
後悔することばかりで、
出来れば一人でも多くの人に空しい生き方を
して欲しくないそう願っています。
ここまでの段階でも多くの間違いを犯していますが、
人が苦しむにはそれなりの訳が有ると思っています。
社会的な背景であったり、
家庭の事情であったり、
様々な理由が有る筈です、
私の体験など単なる一部に過ぎないことは承知しています。
そうなんです、ほんの一部の体験なんです、
世の中には、もっともっと悲惨な思いを抱え強く生きている方がおられます。
ときどき目にする、カンボジヤの地雷を踏んだ子供たち、
あの子たちの笑顔が焼きついて離れません、
一部の大人たちの都合の結果ではないかと感じます。
子どもたちがそんな大人になっていくことは悲しいし、
大人たちが横目で他人事のような顔をするのも悲しい、
戦争も、政治の腐敗もそうさせた我々に責任が有るのではないでしょうか、
年金問題がいい例です、
直接関係することでは、しっかり発言しています。
この事は今一番必要とされている行動だと思います。
何かをしろと言う事ではなく、
少なくとも、物事を他人任せにしてはいけないのではないかと、
知る努力をしなければいけないのではないかなどと考えています。
もっともこんな考え方をすることも
自分本位の考え方なのかも知れないとも思います。