昔から祖先たちが伝えてくれている叡智はたくさんあります。
叡智とは様々な時代を経て、人間の生きる知恵や真理を言い伝えとしていつの間にか未来に未来にと伝え残されている事です。
その中で食については僕たちの身体や心と密接に関わっており、生きる上でとても大切な事です。
その食について残されてきた一つに、「近くて遠いものを食べなさい」と言うものがあります。
身土不二とも言います。
本来の自然循環の法則から観てみると、人間を除いた肉食動物は肉食ではあっても、同じ肉食動物を食べません。
必要最低限の捕食により、草食動物しか食べません。
共食いとなるからです。
共食いとなるからです。
草食動物は植物食なので、植物に含まれるビタミン・ミネラル(無機質)・酵素を摂取しています。
肉食動物は植物食ができないので、草食動物を食べることで、ビタミン・ミネラル(無機質)・酵素を摂取しており、これを「代理摂取」といいます。
肉食動物は常にビタミン・ミネラル(無機質)・酵素に飢えているので、同じ肉食動物を食べても意味がありません。なので、草食動物しか食べられないのです。
このように、動物(人間を含む)の命を支えてくれているのは草木である植物であり、むしろ動物は草木から生まれ、草木植物に支えられているのです。
その植物たちは、土に根を張り、土中の水分と栄養素を吸収して生まれ育ちます。
そのような自然の循環から観ると、人間は土を食べて生きているのに等しいとも言えます。
土いわゆる大地と人間は本来は一体であり、人の命や健康にとても大きな影響があるのです。
しかし不思議な事に、暑い国では水分を補給してくれる南国特有の果物や野菜が育ちます。
身土不二(しんどふじ)とは、元々は仏教用語だと言われていますが、1907年(明治40年)、陸軍薬剤監の石塚左玄を会長として発足した食養会は、食事で健康を養うための独自の理論を展開しました。
その中に、その土地、その季節の食物がいいという考えがあります。
その中に、その土地、その季節の食物がいいという考えがあります。
1912年(明治45年)、食養会理事で陸軍騎兵大佐の西端学が、この考え方を表すために提唱したのが「身土不二」だと言われています。
この食養会から派生した考え方で、マクロビオティックなどでは身土不二という言葉が普及して行きました。
また「三里四方の食によれば病知らず」という言葉が古くから伝えられています。
これが身土不二に変わっていったとも言われています。
現代風に言い換えると、「地産地肖」という事になるかと思います。
簡単に言えば、その土地に生きる人には、その土地での必要な栄養やエネルギーがあり、それをその土地の土が必要な作物を育ててくれている。
その為、できるだけ自分が住んでいる土地の近くで採れたものを食べた方が良いという言葉が身土不二です。
そしてそれが難しければ出来るだけ近くの物であったり、大きく見ても国産のモノが良いと言われています。
これは近代栄養学などでは非科学的なあつかいではあります。
しかし不思議な事に、暑い国では水分を補給してくれる南国特有の果物や野菜が育ちます。
そこで暮らす人々にとっては、暑さをしのぎ、体調を整えるために必需品ですが、寒い地方や冬の日本で食べたらからだが冷えてしまいます。
同じように寒い地方には寒い地方の身体を温める食材があります。
同じように寒い地方には寒い地方の身体を温める食材があります。
慣れ親しんだ環境と、その地で採れた食べものをいただくことが、いのちと健康を育むのです。
近年では飽食の時代と呼ばれて久しいですが、加工技術は飛躍的に向上し、農業技術により通年通した野菜を提供できる環境もあります。
輸送技術も腐敗させない薬品も使われ、夏に冬の食材を、冬に夏の食材を食べる事も出来ます。
しかしこの自然の摂理に反した食事が、私たちの身体のバランスを狂わせてしまっているのです。
近年では飽食の時代と呼ばれて久しいですが、加工技術は飛躍的に向上し、農業技術により通年通した野菜を提供できる環境もあります。
輸送技術も腐敗させない薬品も使われ、夏に冬の食材を、冬に夏の食材を食べる事も出来ます。
しかしこの自然の摂理に反した食事が、私たちの身体のバランスを狂わせてしまっているのです。
また、遠いものとは霊的に遠いものと言いましたが、人間の性質から遠いものが好ましいと言う事です。
牛や馬などの四足動物は人間の性とは近く、植物などは最も遠いものとなります。
犬などに動物肉ばかりを食べさせると瞬く間に獰猛になります。
こう言った側面からみると、性の近いものは控えるべき事になっているのです。
理屈や現代の常識などというものだけにとらわれず、昔から日本人に脈々と続く英知を大切にする事が、今の僕たちが一番失ってしまった事なのかも知れません。