以前から日本やアメリカではイスラエルという国のイメージが良すぎるのではないかというそんな気がしていた。第2次世界大戦以前には存在しなかった国である。もともとアラブ人が住んでいた地域にいきなりユダヤ人の国を無理やりつくりあげてしまったわけだから、そこに無理がない筈はないのである。その根拠はと問えば、「旧約聖書によってユダヤ人に約束された土地だから」と臆面もなく答える。異教徒の私たちから見ればとんでもない話だが、彼らはあくまで「神がアブラハムとその子孫に与えると契約(約束)した土地」だと言い張るのである。ヨーロッパで迫害されたユダヤ人は「ユダヤ人が平和に安心して暮らすためには自分たちの国を持つしかない。」と考え目指した場所がその約束の地であるパレスチナであり、その地へ帰還しようという運動をシオニズムと呼ぶようになった。ナチスの迫害が強まるとともにシオニズムの機運は高まり、特にナチスが台頭するとパレスチナのユダヤ人口は急増した。しかし、急増したとはいえ1930年代まではその人口比は30%程度でまだ少数派だった。ナチスのホロコースト以降はさらに流入するユダヤ人が多くなり、1947年、国際連合はパレスチナをユダヤ国家とアラブ国家に分ける「分割案」を決議します。しかし、そこはもともとアラブ人の土地であったわけですから、アラブ人から見れば到底納得いかないわけです。それでもそういう決議がなされた背景には、イギリスが第二次世界大戦の戦費調達のためにユダヤ財閥の協力と引き換えにイスラエル建国の約束をしていたという裏があります。それと他の欧米諸国もユダヤ人への加害者的な後ろめたさがあったからです。
とにかくアラブ側からすれば理不尽な決定が頭越しになされたわけなので、内戦状態になってしまいます。それが第一次中東戦争の始まりです。その災厄から逃れるために約70万人のパレスチナ・アラブ人が故郷を離れました。その人々は:決して自発的に避難したわけではありません。イスラエル側の武装組織(ハガナー、イルグンなど)が村々を占領した際、住民に退去を命令したり村そのものを破壊したという事実があるのです。戦闘が終了した後も元の自分の家に戻ることはありませんでした。戻れなかったのです。
国境封鎖、不在中の家屋の占拠、再入国の禁止という処置によって戻ろうにもに戻れなかったのです。1950年に不在者財産法という法律を作って、1947年以降に居住地を離れたアラブ人は「不在者」と定義し、その土地・家屋・銀行資産は国家管理下へ移転されることになりました。アラブ人の不在者には機関が認められない一方で、ユダヤ人には帰還法というものが制定され、世界中のユダヤ人がイスラエルに移住し市民権を得られるとされました。これでイスラエルの地のアラブ人とユダヤ人の人口比が逆転してしまったのです。
以上のような歴史を振り返ってみれば誰もがアラブ側に一定のシンパシーを持つのではないかと思う。アラブの側から見ればイスラエルはとてつもなく陰湿や国に見えてくる。ヨーロッパにおけるユダヤ人に対する迫害の歴史を振り返れば、ユダヤ人の平和と安寧を切望する気持ちはよく理解できる。自分達が安心して暮らせる自分たちの国を切望する気持ちも当然のことである。しかし、ユダヤの受難についての責任はパレスチナのアラブ人にはなかったはずである。加害者であるヨーロッパの白人が負うべき負債をなぜアラブ人に押し付けることができる理由が見当たらない。安全と平和を求めてたどり着いた約束の地が原因で既に多くの命が失われかつおびただしい悲劇を生み出している。旧約聖書を盾に自分たちの正当性を訴えることにもともと無理はなかったのか?
無理が無理を際限なく生み出す構造になっている。ナチスに迫害された被虐の民が現在はパレスチナ人に対してナチスと似たようなことをしてはいないか? しかし、ここ数年ガザで行われたことは明らかに民族浄化と言われても仕方がないように思える。このような問題を提起されることはユダヤ人にとっては耐えがたいことにあるに違いない。だからいつも自分たちの正当性を訴えるための理論武装についてはイスラエルは特に敏感である。紛争は常に「相手側から仕掛けてきたので仕方なく応戦した。」という形式になる。しかし、普通の喧嘩であれば、仕返しは2倍返しかせいぜい3倍返しであるが、イスラエルは常に数十倍返しなのだ、2023年に始まるハマスが原因のガザ戦争においても、「ハマスの軍人一人殺すためには一般人20人殺しても良い」などと平気で言う。パレス名の力アラブ人がなくなって欲しいという本音が透けて見えるのだ。ハマスのテロにより1163人が死亡し245人が人質に取られた一方で、イスラエル軍によってパレスチナ人は67000人死亡、1万人以上が行方不明、負傷者は17万人に及ぶ。治安を理由に国連の救援物資搬入も許さないので飢えや病気におびえている人々はもっと多い。民族浄化を企んでいると言われても仕方がない。それでもあくまで自分達の正当性を繕うその態度がとても陰湿に見える。
アメリカのメディアは大抵ユダヤ資本の系列である。なので、パレスチナ問題では事実よりもイスラエル側に立った情報が意図的に流されてきたのではないかと私は疑っている。アメリカの映画会社もユダヤ系列が多い。ユダヤ受難をテーマにした作品は「戦場のピアニスト」、「シンドラーのリスト」をはじめ数え上げればきりがない。イスラエルを目指す人々を背景に「わが祖国」が流れてくるシーンを見ると人々は感激して、イスラエルがこの上もなく美しい国に思えてくる、そういう想いに抵抗するのはかなり困難である。一方でパレスチナのアラブ人側の悲劇には一向にスポットが当てられない。情報の非対称性が著しいのである。イスラエルは本来存在する筈のなかった国である。それを正当化しようとする行為が陰湿性を帯びてくるのは当然ではないだろうか。
そのせいかどうか分からないが、「イスラム≓テロリスト」のようなイメージが人々の脳裏に沈潜していたのではないだろうか、2001年9月11日に発生した米同時多発テロ以降は特にその傾向が強くなったと思う。9.11事件の際のアメリカ人の受け止め方は極めてナイーブ(無知、無神経)であった。もちろんテロリストのやったことは到底正当化できるものではないが、アメリカ人を無垢で一方的な被害者と考えるのは間違っていると私は思う。パレスチナの紛争では常にアメリカはイスラエル側に立って援助しているからである。アメリカの援助がなければイスラエルという国は到底建国もできなければ国として維持することもかなわなかったはずである。アメリカによる莫大な軍事援助があってはじめてイスラエルという国は存続できている。周囲を敵に囲まれたイスラエルが軍事的優位を保っていられるのはアメリカのおかげである。イスラエルと闘っている側の身になれば、自分たちを苦しめているイスラエルを援助しているアメリカが憎いというのは自然な感情とは言えないか。俺たちを苦しめているアメリカ人はきれいなオフィスで悠々とコーヒーなどを優雅に飲んでいる、一泡吹かせてやりたいという感情はある程度理解できる。アメリカ人ももっとこの問題を真剣に考えるべきだ。アメリカの献身がなければこの問題の解決は不可能だと思うゆえである。
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