ガザと呼ばれる約365㎢の地域には現在約220万〜230万人の人々が住んでいる。かなり人口密度が高い。まるで東京や大阪のような都市部だけが囲い込まれているようなところである。問題はそこに住む人々がその外側と自由に行き来出来ないことだ。大阪の中心に住んでる人はいつでも電車で京都や奈良に出かけて好きな時に帰ってくる。ガザの人々はそれが出来ないのだ。ガザから出るにもまた外から入ってくるにもイスラエル政府の特別な許可がいることになっている。ガザに住んでいる人々の曾祖父母辺りまでたどればそのほとんどは現在イスラエルと呼ばれている地域に住んでいた人々であった。それがなぜか窮屈で不自由な地域に押し込められている。これってちょっとスケールの大きいゲットーじゃないのか?

 

 ハマスとの戦争でイスラエルはこのガザに容赦なく爆弾の雨を降らせた。「ハマスを倒すため」という理由でだが、ガザの住人の全てがハマスだというわけではない。なんでもイスラエル兵は「ハマス1人を殺すためならガザの住人を20人殺しても構わない。」と言われているらしい。ではハマス1人に対してついでに住民100人殺してしまったらその兵隊は罰せられるのかと言うとそうでもないらしい。東京や大阪の都市部で爆弾を爆発させたら巻き添えを食う人が沢山いるに決まっている。要はアラブ人が少なくなること自体は彼らにとって好ましいことなのだろう。逃げ場のない所に人を押し込めてそこで爆弾を破裂させる。これって何かガス室に人を閉じ込めて殺す行為にちょびっと似ているように思わないか。まあガス室ほど確実に人を殺すわけではないけれど、やられる側から見れば少しだけ似たような感じがすると私は思ってしまうのだ。

 

 イスラエルは自分たちの目につく場所からできる限りアラブ人を追い払いたいのだろう。ヨルダン川西岸は本来はイスラエルの管轄外の地域であるはずなのに、イスラエルを追われてそこに流れて行ったアラブ人をさらに追い出そうとしている。そしてロシアから新たに呼び寄せたユダヤ人をそこに入植させつつある。 ガザやヨルダン川西岸で行っていることから判断して、イスラエルが民族浄化への意志を持っていることは間違いないように私には思える。ナチスにどこか似ていないだろうか? 

 

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 以前から日本やアメリカではイスラエルという国のイメージが良すぎるのではないかというそんな気がしていた。第2次世界大戦以前には存在しなかった国である。もともとアラブ人が住んでいた地域にいきなりユダヤ人の国を無理やりつくりあげてしまったわけだから、そこに無理がない筈はないのである。その根拠はと問えば、「旧約聖書によってユダヤ人に約束された土地だから」と臆面もなく答える。異教徒の私たちから見ればとんでもない話だが、彼らはあくまで「神がアブラハムとその子孫に与えると契約(約束)した土地」だと言い張るのである。ヨーロッパで迫害されたユダヤ人は「ユダヤ人が平和に安心して暮らすためには自分たちの国を持つしかない。」と考え目指した場所がその約束の地であるパレスチナであり、その地へ帰還しようという運動をシオニズムと呼ぶようになった。ナチスの迫害が強まるとともにシオニズムの機運は高まり、特にナチスが台頭するとパレスチナのユダヤ人口は急増した。しかし、急増したとはいえ1930年代まではその人口比は30%程度でまだ少数派だった。ナチスのホロコースト以降はさらに流入するユダヤ人が多くなり、1947年、国際連合はパレスチナをユダヤ国家とアラブ国家に分ける「分割案」を決議します。しかし、そこはもともとアラブ人の土地であったわけですから、アラブ人から見れば到底納得いかないわけです。それでもそういう決議がなされた背景には、イギリスが第二次世界大戦の戦費調達のためにユダヤ財閥の協力と引き換えにイスラエル建国の約束をしていたという裏があります。それと他の欧米諸国もユダヤ人への加害者的な後ろめたさがあったからです。

とにかくアラブ側からすれば理不尽な決定が頭越しになされたわけなので、内戦状態になってしまいます。それが第一次中東戦争の始まりです。その災厄から逃れるために約70万人のパレスチナ・アラブ人が故郷を離れました。その人々は:決して自発的に避難したわけではありません。イスラエル側の武装組織(ハガナー、イルグンなど)が村々を占領した際、住民に退去を命令したり村そのものを破壊したという事実があるのです。戦闘が終了した後も元の自分の家に戻ることはありませんでした。戻れなかったのです。

国境封鎖、不在中の家屋の占拠、再入国の禁止という処置によって戻ろうにもに戻れなかったのです。1950年に不在者財産法という法律を作って、1947年以降に居住地を離れたアラブ人は「不在者」と定義し、その土地・家屋・銀行資産は国家管理下へ移転されることになりました。アラブ人の不在者には機関が認められない一方で、ユダヤ人には帰還法というものが制定され、世界中のユダヤ人がイスラエルに移住し市民権を得られるとされました。これでイスラエルの地のアラブ人とユダヤ人の人口比が逆転してしまったのです。

 

以上のような歴史を振り返ってみれば誰もがアラブ側に一定のシンパシーを持つのではないかと思う。アラブの側から見ればイスラエルはとてつもなく陰湿や国に見えてくる。ヨーロッパにおけるユダヤ人に対する迫害の歴史を振り返れば、ユダヤ人の平和と安寧を切望する気持ちはよく理解できる。自分達が安心して暮らせる自分たちの国を切望する気持ちも当然のことである。しかし、ユダヤの受難についての責任はパレスチナのアラブ人にはなかったはずである。加害者であるヨーロッパの白人が負うべき負債をなぜアラブ人に押し付けることができる理由が見当たらない。安全と平和を求めてたどり着いた約束の地が原因で既に多くの命が失われかつおびただしい悲劇を生み出している。旧約聖書を盾に自分たちの正当性を訴えることにもともと無理はなかったのか?

 

無理が無理を際限なく生み出す構造になっている。ナチスに迫害された被虐の民が現在はパレスチナ人に対してナチスと似たようなことをしてはいないか? しかし、ここ数年ガザで行われたことは明らかに民族浄化と言われても仕方がないように思える。このような問題を提起されることはユダヤ人にとっては耐えがたいことにあるに違いない。だからいつも自分たちの正当性を訴えるための理論武装についてはイスラエルは特に敏感である。紛争は常に「相手側から仕掛けてきたので仕方なく応戦した。」という形式になる。しかし、普通の喧嘩であれば、仕返しは2倍返しかせいぜい3倍返しであるが、イスラエルは常に数十倍返しなのだ、2023年に始まるハマスが原因のガザ戦争においても、「ハマスの軍人一人殺すためには一般人20人殺しても良い」などと平気で言う。パレス名の力アラブ人がなくなって欲しいという本音が透けて見えるのだ。ハマスのテロにより1163人が死亡し245人が人質に取られた一方で、イスラエル軍によってパレスチナ人は67000人死亡、1万人以上が行方不明、負傷者は17万人に及ぶ。治安を理由に国連の救援物資搬入も許さないので飢えや病気におびえている人々はもっと多い。民族浄化を企んでいると言われても仕方がない。それでもあくまで自分達の正当性を繕うその態度がとても陰湿に見える。

 

アメリカのメディアは大抵ユダヤ資本の系列である。なので、パレスチナ問題では事実よりもイスラエル側に立った情報が意図的に流されてきたのではないかと私は疑っている。アメリカの映画会社もユダヤ系列が多い。ユダヤ受難をテーマにした作品は「戦場のピアニスト」、「シンドラーのリスト」をはじめ数え上げればきりがない。イスラエルを目指す人々を背景に「わが祖国」が流れてくるシーンを見ると人々は感激して、イスラエルがこの上もなく美しい国に思えてくる、そういう想いに抵抗するのはかなり困難である。一方でパレスチナのアラブ人側の悲劇には一向にスポットが当てられない。情報の非対称性が著しいのである。イスラエルは本来存在する筈のなかった国である。それを正当化しようとする行為が陰湿性を帯びてくるのは当然ではないだろうか。

 

そのせいかどうか分からないが、「イスラム≓テロリスト」のようなイメージが人々の脳裏に沈潜していたのではないだろうか、2001年9月11日に発生した米同時多発テロ以降は特にその傾向が強くなったと思う。9.11事件の際のアメリカ人の受け止め方は極めてナイーブ(無知、無神経)であった。もちろんテロリストのやったことは到底正当化できるものではないが、アメリカ人を無垢で一方的な被害者と考えるのは間違っていると私は思う。パレスチナの紛争では常にアメリカはイスラエル側に立って援助しているからである。アメリカの援助がなければイスラエルという国は到底建国もできなければ国として維持することもかなわなかったはずである。アメリカによる莫大な軍事援助があってはじめてイスラエルという国は存続できている。周囲を敵に囲まれたイスラエルが軍事的優位を保っていられるのはアメリカのおかげである。イスラエルと闘っている側の身になれば、自分たちを苦しめているイスラエルを援助しているアメリカが憎いというのは自然な感情とは言えないか。俺たちを苦しめているアメリカ人はきれいなオフィスで悠々とコーヒーなどを優雅に飲んでいる、一泡吹かせてやりたいという感情はある程度理解できる。アメリカ人ももっとこの問題を真剣に考えるべきだ。アメリカの献身がなければこの問題の解決は不可能だと思うゆえである。

 

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 最近「狂人理論」という言葉をよく聞く。早速ウィキペディアで調べてみた。

 

【 狂人理論(きょうじんりろん)あるいはマッドマン・セオリー: madman theory)とは、アメリカ合衆国第37代大統領リチャード・ニクソンの外交政策の要として広く知られる理論あるいは戦略である。ニクソンおよびニクソン政権は、東側諸国の指導者たちに大統領が非合理的で気まぐれだと思わせることに腐心した[1]。ターゲットとした国家に挑発行為をやめさせ交渉の場につかせるために、アメリカがとる行動が予測不可能であると思わせるのがこの理論の骨子である[1]。 】

 

なるほど、やくざの親分が堅気に対して、「そうでっか、まあワイはべつにかまへんのやけどなあ、うちの若いやつらは血の気の多いやつが多いさかいなぁ、ほんまになにやらかすかわからへんのや。まあ気ぃつけたってや。」てゆうやつかいな。速い話がやくざと同じやないか。

 

しかし、相手もやくざだったら通用するのだろうか? 「発電所を爆撃して石器時代に戻してやる」とか言っても、石器時代の不自由な生活するのは一般大衆である。イランの革命防衛軍は一般大衆に対する圧政をますますエスカレートさせて自分たちの体制を守ろうとするだろう。 要するにトランプも革命防衛軍も一般の人々のことなど考えてはいない、あくまで自分たちの権力維持とメンツの為に張り合っているのだから、理論でもセオリーでもなくただの madman 同志の喧嘩に過ぎない。堅気の衆にとってはただの迷惑でしかない。

 

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 最近やたらと不審な電話がかかってくる。どうやらうちの電話番号は詐欺の「カモリスト」に載せられているような気がする。電話番号表示を見ると外国からかけられているみたいで、後でその国番号を調べてみたらバングラデシュからだった。千三つ商売で国際電話を使用して儲ける事が出来るのだろうか? そんなことは要らぬ心配だがしょうもないことに精を出して空しくならないのだろうか? 昨日はNTTからかかってきた。「通信料金が引き落としされていません。このままではお宅の通信を止めさせていただくことになります。」と言うので、「はい、どうぞそうして下さい。」と答えたら黙って電話が切れてしまったが、もちろん通信は止められていない。 それからわずか2,3時間後にはなぜか札幌警察署からかかってきた。「あなたの銀行口座がマネーロンダリングに使用されています。」と言う。私はちょっと頭にきて「まじめに働かんかい。」と言うと、なんと「まじめですよ。」と答えながら電話を切った。まじめに詐欺やってるってか、もう。 

 

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私は腎臓病を患う以前、新幹線に乗る時にはたいてい崎陽軒のシウマイ弁当を食べていた。それほど豪華な食事ではないが零歳年金暮らしの私には車内でそれを食べるがささやかな楽しみだった。まあ崎陽軒ファンと言っても良いかもしれない。その崎陽軒からこのたび「ギヨウザ」という新商品が発売されることになった。「餃子」ではなく「ギヨウザ」だという。写真を見てみると形はシュウマイである。中身が餃子味なのだという。シュウマイの形をした餃子なのか、それとも餃子味のシュウマイなのだろうか? ともかく一度試したいと思っている。1個当たり食塩相当量0.2gだから他の食材に気を付ければ、3個まで位なら私にも大丈夫そうである。
 それはそうと昨日はその「ギヨウザ」が一部の人々の間で話題になった。というのも、昨日は4月1日だったからである。「ギヨウザ」の発表がフェイクではないかという話題で盛り上がったらしい (https://mainichi.jp/articles/20260401/k00/00m/020/151000c) のである。言われてみれば確かにそんな気がしてくるが、どうやらフェイクではないらしい。崎陽軒のホームページで混乱を招いたことへの謝罪文が掲載されている。しかしうがった見方をすれば、4月1日発表4月2日発売開始というのがわざとらしい。どうやらエイプリル・フールに引っ掛けた話題づくり、宣伝戦略のような気がする。

 「ギヨウザ」の件は少々あざとい気もするが、ユーモラスな宣伝ということでこれは許せる。許せないのは毎日がエイプリル・フールのトランプの無責任な言動である。トランプは昨日「対イラン軍事作戦が『2~3週間以内』に終了する」と発表した。おかげで日経平均は一挙に史上4番目の上昇である。しかし、彼の言っていることの内容が私にすれば全然理解できない。軍事作戦に一定の区切りがついたとの認識を示した上で、イランと戦闘終結の合意が成立すれば、彼は作戦終了が前倒しされる可能性があると強調しながら、「合意があろうとなかろうと、我々は撤退する」とも語っている。だったらなぜ強襲上陸艦「ボクサー」が今なおイランに向けて航海中なのかが矛盾している。
どうやら投資家はこれでホルムズ海峡の自由航行が実現すると思っているのかも知れないが、話はそう簡単ではないだろう。イスラエルはじめ周辺諸国への被害者意識に凝り固まったイランはホルムズ海峡の支配権を容易に手放そうとはしないだろう。著しく戦力を棄損されたイランにとってホルムズ海峡の通行権は今や敵対する国に対する圧力の最大の切り札である。著しくプライドを傷つけられたイランはいくらかでも面目を恢復しないことには、「ハイどうぞ誰でも通って良いですよ」ということにはならないはず。本当の終息はまだまだ先のことだろう。

 トランプはSNS上で、同海峡の封鎖で「燃料を得られなくなった全ての国」に対し、「勇気を出して海峡に行き、石油を取ってこい」「米国はもう助けない」とつづったらしいが、なんという言い草だろう。「もう助けない」とどの口が言っているのか、トランプが助けたのはイスラエルだけだろう。他の国はただ迷惑を被っただけに過ぎない。戦費の補償もイスラエルにしてもらえばよい。今までにイスラエルに対してアメリカはどれだけ膨大な軍事援助を施したのか考えてみるが良い。アメリカファーストと言うならイスラエルへの援助を止めれば、オバマケアぐらいは十分実施できてお釣りがくるだろう。無茶な関税制度を他国に押し付ける必要も無かっただろう。

 

 アメリカ国民も本当に迷惑な大統領を選んでくれたものである。今頃になってガソリンの値段が上がったと文句を言っているようだが、これほど悪辣で愚かな人物を最高権力者に選んだ罪に対する罰としては軽すぎる、もっと責任を感じて欲しい。アメリカ国民にとってはガソリンの値段が上がった程度で済んでいるが、貧困国にとってはもっと切実な問題である。とりわけイラン国民やガザ住民に至っては言うまでもない。

 来年の四月1日はハッピーなジョークを楽しめるようになって欲しいと願うばかりである。
 

 

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 トランプ米大統領は23日(日本時間)にイランの発電所への軍事攻撃を5日間延期すると表明したが、発表の5分前に石油の先物相場の取引が急増したという。イラン情勢が沈静化すれば石油の価格は下がるわけだから、トランプが声明を出す前に先物保空売りしておれば大儲けである。一種のインサイ―取引が行われた疑いが濃厚である。事情通によればトランプは週末にイラン情勢の楽観的(実際はいいかげんな)情報を流すらしい。確かにここ3週間はダウ平均も週末に落ち込んで月曜から水曜にかけて少し盛り返すというスパイラルを繰り返している。政治・経済の中心からは遠いところにいる私には本当のところはよく分からないが、トランプ一族が最近資産を猛烈な勢いで増やしていることは確からしい。彼らは元々大金持ちだったが大統領に就任してからの1年数カ月でそれを倍増させて、推計によると家族全体の総資産は推定100億ドルにも達するそうである、日本絵にすると1兆5千億円である。大谷翔平の年収もすごくて202億円らしいがドルにすると1億3千万ドル程度だから、トランプの金満ぶりはすごいとしか言いようがない。大谷選手は多くの人々を楽しませているということでそれだけの報酬を得ているわけだが、トランプは一体せの人々に対してどれだけの貢献をしたというのだろうか? むしろ多くの人々を苦しめ、民主主義を危機にさらしている。彼には報酬を与えるどころか100兆ドルの罰金を科しても足りないくらいだ。

 

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 トランプは戦争が嫌いだとある評論家が言っていたが、「自分の得にならない」戦争は嫌いだと言うべきだっただろう。パレスチナやイランに関する彼の対処法から見ると、自分自身の利害の前を前にすれば人々の命や苦しみについて顧みるようなことを全くしない人物であるように思う。ガザ問題ではイスラエル側、ウクライナ戦争ではロシア側と、トランプの選択は往々にして非人道側に加担することが多い。ベネズエラでもイランでも国際法など全然気にしていないようにも見える。それでも本気でノーベル平和賞を目指しているというから常人には理解しがたい思考回路を持っていることは間違いない。はっきりしていることは絶対自分の敗北を自ら認めることはないということだけだ。その点は実にはっきりしている。数々のセックススキャンダルの渦中にいて、彼は自分の非を認めたことは一度もない。バイデンに大統領選に負けたときも「選挙を盗まれた」と言っておびただしい数の訴訟を起こして、それらのことごとくで敗訴したにも関わらず一向に悪びれることはない。あげくの果てに支持者を扇動して連邦議会を襲撃させるという暴挙に出る始末。それでも彼は一向に悪びれるふうでもない。

 

 要するにトランプはアメリカ大統領という世界で最も強い実力を持つ権力者としてはもっともふさわしくない人物であることは間違いない。おそらくトランプに投票したことを後悔している人も多いはずだ。しかし、未だにアメリカ人の約三分の一の人々がトランプを支持しているという事実は恐ろしい。いわゆるプアホワイトと呼ばれる人々が彼の信奉者だと言われている。彼らはアメリカの現状に不満を抱いている。トランプ破壊的な行動力が現状を打開してくれると期待しているのだろう。彼らがアメリカのエスタブリッシュメントに不満を抱いていることは理解できるが、トランプによる現状打開が彼らにとってより良いものになるどころかますます悪くなる可能性の方がはるかに大きいように私には思える。おそらくその教訓は高いものにつくだろう。おそらくトランプ大統領は大多数のアメリカ国民に対して少なからぬ損害を与えるはずだ。しかしより不条理だと思うのは、トランプ大統領選出に対して何の責任もないウクライナやガザの人々が一般のアメリカ人などとは比較にならないほどの大きな被害を被ったということである。この点に関してはアメリカの人々にいくらかは責任を感じてもらいたいという気がする。

 

 日本もトランプによって少なからぬ被害を被っている。先日の日米首脳会談でも11兆円の新たな投資を約束させられた。高市さんは win-winだとばかりにひきつった笑みを浮かべていたが、日本の人口1億人の頭割りにすると一人当たり約11万円にもなる巨額投資である。円安の日本から人件費や物価の高いアメリカに投資する意味が分からない。政府主導の投資などというものは大概採算の悪いものになる。損した分は国債増発で埋め合わせるしかなくなる公算が高い。インフレと不景気が同時に昂進する危険が増大する。トランプへの手土産がとても高いものについたということがそのうち明らかになるだろう。

 

 腕力が飛び切り強いガキ大将がわがまま放題周囲の子供たちに無理難題を突き付けてきた時は、一致団結してガキ大将と対峙するべきだろう。しかるにわが日本は一人だけ少し優遇して下さいとばかりにガキ大将にすり寄っていっている感じがする。現実主義と言えば聞こえはいいが、弱者の足並みを最初に乱すものになってはならないと思う。国の品格に関わる問題である。強者にすり寄っていくものを誰も信用しないだろう。ここはひとつ頭を一発殴られる覚悟でガキ大将に対してことの是非をきちんと表明して欲しいと思う。どうせあと二年半たてばトランプも権力を失っているはず、もしかしたら半年後に中間選挙に大敗してレイムダック化していることもあり得る。明日の来ない夜はないのである。明らかに尋常な思考能力を失った人物のいうことを真に受けてご機嫌を伺っているようでは後年に多大なつけを残すことになるだろう。

 

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 昔、『運動靴と赤い金魚』というイラン映画を観たことがある。とてもいい作品だった。それ以来、イランの人々は私たちと価値観を共有できる人々であると実感している。まあそんなことは当たり前のことで、現に日本とはこれまでずっと友好的な関係を維持して来た。どうも欧米諸国にはそのような視点が欠けているようだ。第一イランの反欧米的な姿勢にはそうすべき十分な理由がある。1970年代までイランはパーレビ国王の治世下であった。しかしこの国王は全然国民からは支持されていなくて、アメリカの支援の下で強権政治を国民に強いていた。アメリカによる王政庇護の代償として莫大な石油利権を米資本に委ねていたわけである。1979年のイラン革命はそのような状況下で起きたことは憶えておかなくてはならない。革命による石油産業の国営化はアメリカを激怒させることになったが、第三者から見ればイラン側がそれほど理不尽なことをアメリカに対して行ったようには見えないが、とにかくアメリカ側の論理では一方的に自国資本の権益が理不尽に簒奪されたということになるらしい。
 それ以来イランとアメリカは反目しあっているわけだが、もう少しアメリカが寛容であれば事態ははるかに好転していたはずだ。イランの政治体制が強権的な圧制を国民に強いているのは確かだが、アメリカのイランに対する圧力がそうさせた面もある。7代目大統領のロウハニは決して教条的な指導者ではなく、イランを国際的な協調路線に導こうとしていた穏健派である。2015年には米英独仏中ロと六か国核合意までこぎつけた。アメリカが本当に平和を望んでいるのならロウハニを支援するべきだっただろう。しかし、トランプ(とその背後のイスラエル)はそのような状況を望まなかった。2018年第一次トランプ政権は一方的に核合意から離脱した。もうこれで国内の強硬派を抑えることができなくなったロウハニの立場はすっかり弱くなってしまった。

 結局のところ、トランプ(イスラエル)はイランを急進化させて、叩く機会をうかがっていたとしか思えない。

 

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日米首脳会談で高市首相は「世界中に平和の繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」と発言したが、一部の外国メディアが「これは皮肉か?」と報じたらしい。なるほどこれはもともとトランプが一方的に始めた戦争で、彼が本気でその気になりさえすればいつでもやめる事が出来るのである。そういう意味において高市さんの言っていることは論理的につじつまが合っている。「あんたさえ止める気になればいつでも止めれるんやでぇ=あんたさえ余計なことせなんだら世界は平和やし繁栄できるんや」というニュアンスで言ったのなら、私は高市さんを大いに見直したい。

 

それにしてもトランプが一度も「サナエ」と呼ばないのに、やたら「ドナルド」と呼びかけるのはちょっと引っかかる。

 

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 進化論を否定する人は多いが、大抵の人はその理由として鳥の羽や目をとりあげる。「空を飛ぶという目的にかなった複雑かつ無駄のない構造は、高度な設計理念がなければ何億年かかっても出来ないでしょう。」と言うのである。確かに「鳥の羽が何億年かかってもできない」というのは当たっているかも知れない。初めて生命体ができたのが約40億年前、初めて鳥が出現したのが1億数千万年前とされているから、ざっと38億年くらいはかかっていることになるからである。

 目や鳥の羽を理由に進化論に反対する人はダーウィンは「適者生存」という言葉を「最適者生存」と勘違いしているのだろう。明らかに生存に無駄で不利な形質を抱えていても、運も含めて最低限生き延びる条件さえあれば個体は生き延びて子孫を残す。鳥の羽をあげつらうなら、ダチョウについて考えてみたらどうか? ダチョウの羽は全然飛ぶための役には立っていない。速く走るためなら別に羽ではなくもっと洗練された形のものであった方が良いような気がする。つまり、ダチョウは無駄な形質を抱えながらも生きながらえて子孫を残し続けている。生き延びる種としては必ずしもその形質が洗練されていなくともよいのである。そしてまたいつかダチョウの子孫により強力な羽をもつものが出現して空を飛べるようになるかもしれない。そういう可能性は有る。 目については鳥の羽よりもっとできにくいような印象を受ける。しかし、その方の実証的な研究はかなり積み重ねられていて、目の進化についての一般向け解説書も沢山出版されている。40億年という時間は我々の想像を絶するものなわけで、その間に生まれる生物の個体数もさらに想像を絶するの上を行くものとなる。形質の変異の多くは生存に不利なものだが、母数が多ければその中に生存有利な変異が出現する可能性は高いと見るべきだろう。

 

 目や鳥の羽を理由に進化論を否定する人はたいてい次に超越的な意志というのを持ち出してくる。つまり、目や鳥の羽のように複雑であまりに高度な働きをするものが自然に出来上がるはずがない。自然にできる上がるはずがないから、それには超越的な意志や意図が働いていなければならないというのである。目や羽が偶然に出来上がるということは感覚的には受け入れがたいので、そこには意図的ななんらかの力が働いていると考えた方がつじつまが合うという主観的見方である。

この世界が超越的な理念に従っているという考え方は全然問題ないと私も思う。もともとこの世界がこのようである理由というのは誰にも分からない、あえてそれを神であるとしても良いと思う。いわばそれは未知のものをX(エックス)という代わりに「神」と言うだけのことだから。その紙に自分の願望を投影して「神はこの世界を理想的なものしようとしている」と考えるのも良いと思う。それが信仰するということであり、人は自分の信じたいものを信じる権利があると私も思う。

 

 しかし、自分の信仰を盾に「学校で進化論を教えてはならない」と言い出すのは明らかに行き過ぎである。進化論が上記で述べた超越的な意志に背いているという証拠はどこにも見当たらないからである。

 

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