大学時代の先輩と徳本峠へ行くことになった。このブログをよく読んでおられる方は、私が少し変人であるとお気づきかもしれないが、実は相当変人である。結構注文がうるさい人間なので、友人と言える人物も極端に少ないのである。とくに年上の友人というのは、この記事で紹介する○○先輩ただ一人だけしかいない。

 

○○先輩は、私が大学に入学した時すでに4年生だった。だから、本来ならともに学生時代を送るのは1年間だけなのだが、5年間も大学(というより寮なのだが)生活を一緒に過ごすことになった。つまり、私も一回留年しているのであるが、先輩は4回留年したのである。しまいには、当時学長をされていた池田雄一郎先生が、「なあ○○、お前いい加減に卒業してくれんか。」と言ってきたそうだ。先輩答えていわく、「はあ、ぼくも卒業したいんですが、単位が足らんのですよ。」 学長先生はしかたなく、「しょうがない、単位は俺が集めてやろう。」 とまあ、そんな具合でやっと卒業にこぎつけたらしい。

 

○○先輩からあまり学問上は学ぶことはなかったが、一つだけ鮮明に覚えているのは、インスタントラーメンで焼きそばを作る方法を教わったことがある。当時私たちは思誠寮という学生寮に住んでいたのだが、インスタントラーメンは寮で共同購入し常備していた。そして夜な夜な腹をすかした若者がワイワイ言いながら、ラーメンをすすっていたのである。そんなある日、先輩が「これで焼きそばを作る方法を教えてやる。」と言い出した。何のことはない、麺がほぐれだしたころ合いを見て、湯を捨てて粉末スープを混ぜこむだけのことである。「どうだ、焼きそばになっただろう。」と得意そうな先輩。「しかし先輩、ぼくは日清のインスタント焼きそばの方が好きです。」と私。と、まあこんなゆるい日常を、私たちは送っていたわけである。

 

そんな先輩と新島々の旅館で落ち合い、翌日旅館のおじさんに車で、島々の登山口まで送ってもらうことになっていた。

 

おじさんが、「もうちょっと先まで車で行けますが、どうします?」と聞く。私たちは歩くためにわざわざここまで来ているのだから、本来は断るべきなのだが、ちゅうちょせず「では、お願いします。」と言って、砂防ダムのところまで送ってもらった。これで約一時間の節約である。二人の平均年齢は68歳を上回っているのだから、年寄りはあまり無理はしないのだ。

 

 

この谷間を縫って徳本峠を目指す。 午前5時38分。

 

 

島々谷川の水は清冽である。ほとんどが湧き水なのだ。

 

最初のチェックポイントの二股。 6時50分、順調だ。

 

この奇妙な形の木は「あがりこサワラ」と呼ばれている。多雪地帯で雪上に出ていた部分が伐採された後の、切り株から横に出た枝がのひて張り出すと、こうなるらしい。

 

先日の大雨のため、道が崩落しているところがあった。ここは安全のためにスティックを使う。

 

 

第2チェックポイントの「中間ベンチ」。8時14分。 ここで小休止。

 

「はなれ岩」 激流にあおられた風が涼しい。

 

えーと。ここで一句。「水走る 木漏れ日の中 徳本への路」 どうですか、夏井先生。え、季語はどれか? よく分からんとです。

 

第3チェックポイントの「岩魚止小屋」。9時44分。ここで大休止。

 

小屋のそばに、素晴らしく大きなカツラの木があった。

 

ここは崩落個所以上の難所だった。丸太を三本束ねただけの橋。荷物を背負ったまま渡ると、橋がたわむ。ちょっと怖かった。

 

ここを最後のチェックポイントの「力水」と勘違いして小休止。11時32分。

汗だくになったシャツとタオルを水で洗った。

 

こちらが本当の「力水」。12時41分。ボトルの水を入れ替える。

飲んでみると、冷たくて本当にうまい水だった。

 

「力水」を過ぎると、後はつづら折れの昇り道が続く。まわりの山の稜線が、だんだん目の高さに近づいてくるのが分かる。

 

徳本小屋に到着。13時48分。

 

少し、雲が出ているが、明神と穂高が見られて幸せな気分。

 

予定より少し早く着いたので、一時間ほど休んでジャンクションピークまで行くことにしました。

 

ここがジャンクションピーク。今回の私たちの最高到達点です。

 

( 後編に続く )

AD

近江八幡

テーマ:

先日、名古屋に住んでいる娘の所に一週間程厄介になりました。その折に以前から念願だった近江八幡へ足を延ばしてみました。

 

私は時代劇を見るのが好きで、テレビ欄を見るときは時代劇があるかどうかをまずチェックします。そして、いろんな時代劇を見ていると、違う番組なのに同じような光景が出てくるのに気づきます。その代表的なロケ地が近江八幡市の八幡堀です。

 

 

この八幡堀は城を防御する軍事的な目的と、当時の物流の要であった琵琶湖水運を利用する商業的目的のために、豊臣秀次が造ったものである。この水運が近江商人の力の源泉となったのである。豊臣秀次はドラマの中では凡庸な人物として扱われることが多いが、政治家としての実績はこのようなところに残しているのである。

 

 

この日は平日の朝だったので観光客も少なく美しい景色を堪能することができた。

 

 

地方の小都市でこれほど昔の街並みが保存されているところは珍しい。

 

 

駅前で自転車を借りて、西湖付近の水郷地帯に足を延ばしてみることにした。

 

水路の脇には広大な葦野原が広がる。

 

おはるの漕ぐ船に、秋山小平が乗って出てきそうな光景である。(「剣客商売」)

 

ヴォーリズ学園の創立者であるヴォーリズはメンソレータムで有名な近江兄弟社の創立者でもある。

 

近江八幡市立八幡小学校は明治6年の開校。レトロな校舎が美しい。

 

近江八幡、素晴らしい街です。

AD

覚王山日泰寺

テーマ:

名古屋市千種区にある覚王山日泰寺は、日本で唯一の超宗派の仏教寺院です。Wikipediaによれば、各宗派(現在19宗派が参加)の管長が、三年交代で住職を務めているとのこと。というのも、この寺には釈尊の真舎利が安置されているからです。「覚王」とは釈尊のことで、日泰は日本とタイ国を意味します。19世紀末に発見されたお釈迦様の遺骨をタイ国から分け与えてもらったので、日泰寺と名付けられました。日・タイ友好の寺でもあります。

 

堂々たる山門の両側には通常は阿吽の仁王像が配置されている場合が多いのですが、この寺は少し違っていて、左に迦葉尊者、右には阿難尊者が配されています。二人共釈迦十大弟子で、迦葉尊者は仏法の第2祖、阿難尊者は第3祖とされています。

 

山門を抜けると壮大な本堂が現れます。ここでお参りして満足して帰る人が多いようですが、できれば北側の大通りの向こう側にある舎利殿の方まで足を延ばしましょう。

 

この入り口から入ると、右側に舎利殿、正面に拝殿が見えてきます。

 

正面に見える拝殿の向こう側に奉安塔があり、そこに仏舎利が安置されています。そのように意識すると釈尊が身近に感じられます。

右手前に見えるのはどうやら釈尊の涅槃像のようです。

 

AD

祝? 都民ファースト

テーマ:

日本新党、民主党、都民ファースト、自民党体制を突き崩す波が起こるたびに、その結果に人々は胸のすく思いがしたわけだが、結果を冷静に振り返ってみるとどうだろう。中心の仕掛人はいずれももともと自民党の人だし、結果を見るとそのたびに、リベラル勢力が大幅に衰退している。小池さんにしても、自民党の中でももともと右寄りの人だし、考え方はかなり安倍さんに近い。

 

今回の都議会選挙は自民党の歴史的敗北と言われているけれど、見方を変えれば、広義「自民党」の大躍進でもあるのではないだろうか。

 

 

9条が泣いている

テーマ:

憲法9条の3項に自衛隊を明記するという話が浮上しているらしい。正気だろうか?

 

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

これに第3項を追加すれば、第九条の中だけで内部矛盾をきたしてしまう。だって、第2項で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」とはっきり規定しているのだから、論理的に整合するためには自衛隊は戦力ではないということになってしまう。
そのような憲法を戴く日本国民全体の知的レベルが疑われることになりかねない。こんなトンデモ案を思いつく安倍さんは、もしかしたら頭が悪いのかもしれない。

 

今の若者からしてみれば信じがたいかもしれないが、私が小中学生であった昭和30年代においては、第9条の非戦の誓いは国是であった。第2次世界大戦の敗戦を通じて、日本国民のほとんどは、平和であることがいかなる戦争より勝ることを身をもって知らされたのである。「いかなる理由があっても戦争してはならない。」日本国民は自衛権をも放棄する覚悟をしたのである。尖閣や千島を取られてもいいのか? と言われても、戦争放棄とは、そういうところまで覚悟した上でのことであることはもちろんである。国土か狭く資源も食料も輸入に頼っている、日本は戦争をすることはできないと腹をくくることである。

 

ところがいつの間にか状況に流されて、軍事費ベースでみるならイギリスやフランスに肩を並べるほどの軍備を備えるようになってしまった。憲法には明確に交戦権の放棄をうたっているのに、「現実的脅威」の名のもとになし崩しに9条は凌辱されてしまった。

 

残念なのは、日本に9条の意義を理解する本当の政治家が育たなかったことだろう。「現実的脅威」を言いながら、憲法の範囲内でその「現実的脅威」に立ち向かおうとする政治家はいなかった。国民国家の枠組みを超えて、新たな市民社会を創造するという理念に従うならば、日本が軍備を持たないことの意義を近隣国家に認識させる必要があった。一定の国際理解が得られなければ9条の維持はできない。ロシア、中国、北朝鮮にはもちろん韓国にとっても、日本が軍備を持たないことはメリットになるはずだった。日本のような経済大国が軍備を持たないということは、世界の諸国にとってもいつか地球上から戦争がなくなる日が来る、という希望でもあったわけだ。しかし、そのような意義を他国に理解させようという努力は皆無だったのである。自ら進んでアメリカの走狗とろうという政治家に、そのような理念に対する理解などあろうはずもなかったからだ。

 

ともあれ、国是を変えるということならば、それなりに歴史への総括と新しい理念の提示をしなくてはならないはずだ。恋愛などにしても心変わりしたら、相手に2,3発頬を張られる覚悟でそのことを打ち明けなくてはなるまい。それが、ずるずるとつぎはぎだらけの解釈改憲したあげくに、論理破たんの3項追加とは情けない。

 

「9条を守れ」と言うと、右寄りの連中から「現実離れした平和ボケ」と揶揄される。しかし、原発を稼働させながら、北のミサイルの脅威を口にする連中こそ平和ボケだと言いたい。

いい加減、加計学園問題にはうんざりしてきた。文部科学省内では「総理のご意向」文書が出回っている。前次官もそれは認め内容も真実だと言っている。なのに官邸はなぜか真実の究明に消極的であるならば、もうそれは「総理のご意向」があったとみなすべき事態のはずだ。なのにジャーナリズムの論調は甘すぎる。 

官邸の言い分では、文部科学省内で誰かが「総理のご意向」を勝手にねつ造して、行政を恣意的にコントロールしたということになる。それこそ由々しき問題で、総理からすれば徹底的にその張本人を追及して懲罰せねばならないはずなのに、安倍さんは全然そのことについては全然関心がないようだ。面妖なことである。 
 

安倍さんは李下において冠を正してしまった。そして、その冠の中には何も入っていないと口で言うだけで、一向に冠を脱いで見せようとはしないのである。

「アベ首相はうそをついている。」 はっきりそのように断定すべき時期だと思う。

すべてを陽炎と見よ

テーマ:

図書館で、永井均さんの「哲おじさんと学くん」という本を借りてきた。その中に、「第49話 そもそも存在しないものでも「絶対確実に」存在できる」という興味深い一節があったので引用する。(永井先生は日本を代表する哲学者の一人である。)

 

【 引用開始 】( 以下は哲おじさんと学くんの対話である。)

 

学 : でも、例えば小説の中の登場人物がデカルトのように考えて、「私は今確かに思っている、だから私は存在している!」と言ったら、どうなる?

哲 : そいつがそう思ったなら、そいつは間違いなく存在する。ただし、もちろんそいつにとっては、だが。

学 : 「そいつにとって」はだとしても、「そいつ」なんてそもそも存在していないのに?

哲 : いや、その小説の中では、そいつは存在する。ただし、そして、そいつがそう考えた以上、そいつはそいつ自身にとって疑う余地なく、絶対確実に存在する。

 

学 : でも、それは本当の存在の仕方じゃないよね?

哲 : それが本当の存在の仕方ではないと言うなら、小説の中ではなく、この現実世界において、誰かデカルトのように考えた場合だって同じことではないか。その人が、「私は今確かに思っている、だから、私は疑う余地なく存在している!」と言ったとしても、所詮は言葉の上でのつながりに由来する確実性に過ぎないのだから、疑う余地なく存在するその存在の仕方は、疑う余地がないにもかかわらず、本当の存在の仕方ではない、ということになるだろう。

学 : そうなんじゃない?

 

【 引用終わり 】

 

永井さんは、デカルトは歴史の中に存在し、「そいつ」は小説の中に存在する、と言っている。が、実は両者の存在の仕方は同じだと言っているのである。一見理不尽なことを述べているようだが、その通りなのである。

 

われわれは「ある」や「存在する」という言葉をそのように使っているのだ。哲おじさん(永井)も「所詮は言葉の上でのつながりに由来する確実性に過ぎない」と言っているように、小説の中の人物が「絶対確実に」存在する、と言ってもそれは言語によって構成されたものに過ぎない。逆に言うなら、デカルトもそれにこの現実世界のだれであっても、「ぼくは考えてい、だから僕は存在する。」と言ったとしても、実はその存在は言語によって構成されたものに過ぎないと考えるべきなのではないだろうか。

 

龍樹の「すべてを陽炎と見よ」という言葉は、そのように考えると納得がいくのである。

高尾山にて

「同姓同名の職員は実際いる」

テーマ:

五日の衆院決算行政監視委員会で、民進党の今井雅人氏がメールの写しに記載された送信者である係長本人と受信した十人の名前を読み上げると、常盤豊文科省高等教育局長は「同姓同名の職員は実際いる」と認めたが、松野博一文科相は「メールを含む文書は、出所、入手経緯が明らかでない」と繰り返し、調査を拒否した。首相も「文科相が答弁した通りだ」と同調した。 

「同姓同名の職員は実際いる」と他人事みたいな言い、「メールを含む文書は、出所、入手経緯が明らかでない」と繰り返す。だから調査しない、と堂々と国会の場でとぼけてみせる。 そして、それがまかり通る。こんな理屈の通らないことを言っている文科省が道徳教育を推進している、ブラックジョークか?

政治は数の力さえあれば何でも通る。強姦犯だって無罪放免に出来てしまう。国連特別報告者に注意されても、「言いがかりだ。」と言って逆切れしておればなんとかごまかせる。 政府を告発するような次官がいれば、「黙らないと下ネタを御用新聞にリークするぞ」と脅す。まあ、これは失敗したみたいだけど。

報道の自由度だっていつの間にか72位まで低下。もう台湾や韓国よりも下になっている。もはや先進国とはとても言えない状態だ。なのに、掛け声だけは『美しい国日本』。恥を知ることはかつて日本人の美徳だったはずだが、いつの間にこんな破廉恥な国になってしまったのだろう。

 

「同姓同名の職員は実際いる」って、いったいこれは何なんだ!

安倍ちゃん論点がずれてるよ。

テーマ:

安倍さんは言う。「前川さんは、私の意向かどうか確かめようと思えば確かめられた。次官であれば大臣とともに私のところにきてじかに聞けばいいではないですか。」 

でもね、首相補佐官は「総理は言えないから私が言う」って言ったんだよ。安倍さんはむしろ首相補佐官に、「勝手なことを言うんじゃない」と叱責して首にするべきじゃないのか。 

「総理の意向」という文書についても、身に覚えのないことなら、その文書の出所を徹底的追及して、「おれがこんなことをするはずがない。こんな文書をばらまいた奴も、それを真に受けて行政判断をゆがめたやつはみんな懲戒処分だ。」っていうべきなのに、なぜか言わないんだよね。

特攻隊は美しいか?

テーマ:

前回記事で引用させていただいたブログの絶対善進さんご本人からコメントをいただいたので、そのことについてもう少し論じたいと思います。

 

≪ いいですか?ミツバチは敵が来たら自分の命も考えずに敵に向かっていきます。群れを守るために。これほどの利他的行為がありますか。特攻隊と同じです。だから特攻隊に感動するのです。種族を守る為自分の命もささげる。大自然は難なくそれをやってしまいます。大自然には人間は叶いません。 ≫

 

端的に言って、論理が粗雑であるように思います。我々から見れば崇高に見える特攻隊も、アメリカ側から見ればただの狂気にしか見えません。特攻隊が善であれば、イスラム過激派の自爆テロもまた善であるでしょう。特攻隊も自爆テロも人類全体から見ればなんら益のある行為であるとは思えません。

 

しかし私も若い頃、特攻に散った若者の遺書を読んで感動した記憶があります。献身は人の心を揺さぶるようにできているのでしょう。特攻隊には確かに普遍的な美しさはあると思います。

 

前回記事でも述べましたが、アリやミツバチのようにシンプルな生き物は、種族保存という観点から見れば、ある意味究極の高見に到達しているわけです。だから彼らは心理的な矛盾は感じないし、自分の献身的な行動に対する価値判断すら行わない。もはやそこには善悪などという倫理もないと考えます。しかし、人間のように複雑な生き物になると個体ごとの遺伝子にかなり相違が生じる。そうなると、個体保存本能と集団保存本能が背反する場合があって必然的に複雑な進化の過程をくぐり抜けることになります。集団の外部環境が厳しくなると集団に奉仕する本能が弱いと集団そのものが生き残れないが、その集団が安定している場合は、利己的な個体が増殖することになる。

 

つまり、われわれは集団の危機になれば、崇高な献身を称揚し自分もまた英雄的にふるまおうとするが、同時に自分の生き残りを模索しながら、他人の抜け駆けは許さないといったセコイ性質をもった生き物である。だから、善だ悪だと声高に叫んだりもする。その辺のところは以前記事にしたことがあるので読んでください。 ( クリック==>「せこさが憎い‥」 )

 

特攻隊を美しいと感じる心性が我々にあるとしても、それを善しとすることには大きな疑問があります。

 

東京 三鷹市 ジブリの森美術館