過去のインフルエンザパンデミックの原因ウイルスは低病原性、次は? | 俳句銀河/岩橋 潤/太宰府から

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これまでパンデミックを起こした A型インフルエンザウイルスは4つ。

 

1918年に始まったスペインかぜのウイルスは H1N1 亜型

1956年に始まったアジアかぜのウイルスは H2N2 亜型

1967年に始まった香港かぜのウイルスは H3N2 亜型

2009年に始まった新型インフルエンザのウイルス A(H1N1)pdm09H1N1 亜型

 

亜型とは、A型インフルエンザウイルスの表面にある2種類の抗原タンパク質 HA と NA を血清型に基づいて HA は H1 ~ H18 に、NA は N1 ~ N11 に分類したもので、鳥インフルエンザウイルスには H1 ~ H16 と N1 ~ N9 の多様な組合せからなる亜型がある。

 

H17、H18、N10、N11 についてはコウモリを宿主とする2つの亜型(H17N10 と H18N11)のコウモリインフルエンザウイルスが見つかっているだけで、標的細胞に吸着する際のレセプターが主要組織適合抗原クラスⅡ である点が特殊で、以下の記述ではコウモリインフルエンザウイルスについては言及しない。

 

スペインかぜの H1N1 と A(H1N1)pdm09 の H1N1 は、亜型では同じ H1N1 だが別物。

 

同じ亜型の個々のウイルス(株と呼ぶ)は、それぞれが感染・増殖を繰り返してきた間に変異を蓄積しているため、抗原性は変化している。

 

例えば A(H1N1)pdm09 にしても、パンデミックが始まった 2009年当初から現在までに多くの変異を起こしながら抗原性が変化し続けているため、ワクチンに使用される株は毎年のように変わる。

 

 

 

過去4回のパンデミックのうちで最も猛威をふるったのはスペインかぜで、当時の世界人口(約19億人)のうち5億人が感染し、死者数は(幅があるが)2千万人~5千万人と推計されている。

 

それだけ甚大な被害を出したのならば、スペインかぜのウイルスは高病原性(強毒型)だったのではと思う人もいるだろう。

 

だが、スペインかぜを含めて過去4回のパンデミックを起こした A型インフルエンザウイルスはすべて低病原性(弱毒型)

 

高病原性と低病原性という区分はヒトを対象にした定義ではない。

 

ほとんどのインフルエンザウイルスの自然宿主は水鳥(カモ類など)で、ウイルスを保有していても発病しない低病原性だが、一部の亜型(H5 および H7、後述)のウイルスがニワトリ、ウズラ、七面鳥など過密状態で飼育されている家禽に感染すると、個体間で感染を繰り返し変異を蓄積する間に高い致死性を示すウイルス(高病原性鳥インフルエンザウイルス)に変化する場合がある。

 

家禽が低病原性鳥インフルエンザウイルスに感染した場合は、軽症・産卵率低下あるいは不顕性感染(無症状)で済む。

 

感染した鳥の死骸を分析して高病原性か低病原性かを調べる時、調べるのは HA の遺伝子の塩基配列のうち、HA タンパク質が宿主体内のプロテアーゼにより HA1 と HA2 に開裂する部分で、HA の開裂は A型インフルエンザウイルスが宿主細胞に感染するために必要。

 

判明した塩基配列から開裂部分のアミノ酸配列が分かり、そこに含まれる塩基性アミノ酸(アルギニン、リジン)の数と連続性が指標となる。

 

代表的なアミノ酸配列(アルギニンを R、リジンを K、開裂部位を↓で表す)

低病原性 PQRETR↓GLF

高病原性 PQRERRRKKR↓GLF​

 

低病原性のアミノ酸配列を開裂するプロテアーゼは呼吸器・消化器の粘膜上皮に存在するため、低病原性ウイルスは局所感染で済む。

 

一方、高病原性のアミノ酸配列を開裂するプロテアーゼ(furin)は全身の細胞に存在するため、高病原性ウイルスは全身感染を起こす。

 

過去のパンデミックウイルスの開裂部分のアミノ酸配列は以下の通りで、すべて低病原性。

 

   スペインかぜ 1918年 PSIQSR ↓ GLF​
    アジアかぜ 1956年 PQIESR ↓ GLF​
     香港かぜ 1967年 PEKQTR ↓ GLF​
A(H1N1)pdm09 2009年   PSIQSR ↓ GLF​

 

 

 

では、なぜ低病原性のスペインかぜウイルスがあれほどの感染者と死者を出したのか。

 

A型インフルエンザウイルスのゲノムは8分節(PB2、PB1、PA、HA、NP、NA、M、NS)のマイナス鎖 RNA からなる。

 

スペインかぜのウイルスの8本の RNA の塩基配列はすべて鳥インフルエンザウイルスの配列であることが明らかになり、それはスペインかぜのウイルスが鳥からヒトへ直接感染してパンデミックを起こしたことを意味する。

 

水鳥が多様な亜型の A型インフルエンザウイルスの自然宿主であるのに対して、ヒトに感染する亜型は限られている。

 

それは、感染の第1段階である細胞への吸着の仕組みにある。

 

HA タンパク質の HA1 部分は、標的細胞の表面にある糖鎖末端のシアル酸残基に結合する。

 
糖鎖末端でのシアル酸とガラクトースの結合の形が鳥とヒトでは異なり、鳥に多い形(鳥型レセプター)はヒトでは下気道にあるものの上気道にはなく、上気道にはヒト型レセプターがある。
 
通常、鳥インフルエンザウイルスはヒト型レセプターに対する親和性が低く、それが「種の壁」になっている。
 
しかし、スペインかぜウイルスの場合は H1N1 亜型の鳥インフルエンザウイルスが変異するうちにヒト型レセプターに結合できるようになった <図1>。
 
それまで人間界に侵入しなかった鳥インフルエンザウイルスに対して免疫がまったくなかった人類への影響は大きかった。
 
「種の壁」には宿主動物の体温も関係する。
 
鳥の体温は 41℃前後と高く、鳥インフルエンザウイルスの至適増殖温度も 41℃前後で、ヒトの通常体温 37℃では増殖が著しく低下する。
 
一方、季節性流行を起こすヒトインフルエンザウイルスはヒトの体温で増殖が至適になるよう適応している。
 
増殖の至適温度を決めている要因はウイルスのゲノム RNA の複製と転写を司る RNA ポリメラーゼ(PA/PB1/PB2 のヘテロ三量体)で、マウスを用いた鳥インフルエンザウイルスの実験で RNA ポリメラーゼの PB2 遺伝子に1塩基置換が生じてアミノ酸が1つ変わっただけでヒトの体温でも効率よく増殖できるよう変化することが報告されている(E627K 変異の例と D701N 変異の例がある)。
 
<図1> スペインかぜ、アジアかぜ、香港かぜのウイルスの出現
インフルエンザウイルスのパンデミック変遷図
 
 
アジアかぜ、香港かぜ、A(H1N1)pdm09 の場合はスペインかぜとは異なる。
 
スペインかぜのウイルスは、その後は季節性インフルエンザ(ヒト H1N1)となって流行を続けていたが、豚において鳥 H2N2 と遺伝子が混合(遺伝子再集合)して新たな H2N2 となり、それがヒトに感染、パンデミック(アジアかぜ)を起こした <図1>。
 
豚は呼吸器の上皮に鳥型レセプターとヒト型レセプターの両方をもち、鳥のウイルスとヒトのウイルスが同時に感染して混合型(遺伝子再集合体)のウイルスが誕生することがある。
 
アジアかぜのウイルスもその後は季節性インフルエンザ(ヒト H2N2)となったが、豚において鳥 H3(NA の亜型は不明)と遺伝子再集合により H3N2 となり、それがヒトに感染、パンデミック(香港かぜ)を起こした <図1>。
 
香港かぜのウイルスはその後(現在まで)季節性インフルエンザ(ヒト H3N2、A香港型とよばれる)として流行しているが、豚において豚 H1N1 および鳥インフルエンザウイルス(亜型は不明)と遺伝子再集合して H1N2 が出来、H1N2 はさらに豚において豚 H1N1(鳥のウイルス由来)と遺伝子再集合して H1N1 [A(H1N1)pdm09] が出来、ヒトに感染して 2009年にパンデミックを起こした <図2>。
 
<図2> A(H1N1)pdm09 の出現
インフルエンザウイルスのパンデミック発生経路図
 
 
ウイルス研究者の間で危惧されている鳥の A型インフルエンザウイルスによる次のパンデミックについて、最有力と考えられている亜型は H5 で、他に有力なのは H7 と H9。
 
現在まで、鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染した例は、家禽・家畜・感染者との濃厚接触に限られている。
 
しかし、スペインかぜのように鳥のウイルスが変異によって直接ヒトに感染できるようになる可能性もあるし、他のパンデミックのように遺伝子再集合によって出来るウイルスがヒトに感染できるようになる可能性もある。
 
HA の亜型 H1 ~ H16 のうち、H5 と H7 には低病原性ウイルスと高病原性ウイルスの両方があるが、他の亜型(H1 ~ H4、H6、H8 ~ H16)のウイルスはすべて低病原性。
 
なぜ H5 と H7 だけに高病原性ウイルスが現れるのかについてはまだ解明されていない。
 
次にパンデミックを起こすインフルエンザウイルスの HA 亜型が何かは分からないが、 まだ人類は高病原性インフルエンザウイルスによるパンデミックを経験していないだけに、スペインかぜ並みかそれ以上に深刻なインフルエンザパンデミックが起こらないとも限らない。