上弦の月が夜空の高みに姿を見せると、カフェ・ルミエールの庭に柔らかな銀の光が降りそそぎました。昼間の雨の名残が、紫陽花の葉や石畳に微かにきらめいています。チャップはその光の中、静かにカフェの裏手のハーブ棚へ向かって歩きました。
棚の奥に、見慣れない瓶がひとつ──。それは、まるで月明かりを封じ込めたような透明なガラス瓶で、中には乾燥したジャスミンとラベンダーの花弁が入っていました。ふわりと香ったその匂いは、懐かしさと安らぎの中に、不思議な高揚感を含んでいました。
「それは“記憶の香り”だよ。」
声の主は、カフェの古書棚から現れた、小さな魔女の少女・アナスタシア。彼女は本と香りの記憶を扱う術を使い、忘れられた物語や、失われた想い出を蘇らせる力を持っていました。
「上弦の月は、“願いの力”を育てる時間。香りと月のリズムを重ねると、心にある想いが形になるの。」
彼女はチャップに、特製の「月のお守りブレンド」のレシピを手渡しました。それは、ジャスミン、ラベンダー、レモンバーム、少しのローズマリーを混ぜた香り──夜の静寂を照らすような優しさと芯の強さを持っていました。
チャップはその夜、ブレンドを小さなサシェに詰め、カフェの常連たちの席にひとつずつ忍ばせました。眠る前の時間にそっと寄り添う香り。それぞれの夢の中に、小さな光を灯すために──。
「月は、ただ夜を照らすだけじゃない。心の中の“忘れていた願い”を照らしてくれる。」
そうチャップは知ったのです。
