ただ静かに、一定のリズムで降り続く雨。


チャップはカフェ・ルミエールの窓辺で、

その音をぼんやりと聞いていた。


3月の雨は、どこかやわらかい。

冷たさの中に、ほんの少しだけ

春の匂いが混じっている。


魚座の新月は、

「はっきりさせる」月ではない。


むしろ、

境界をあいまいにして、

固まっていたものを

ゆっくり溶かしていく。


チャップは、

ここ最近の出来事を思い返していた。


赤い月。

手放した気持ち。

少し軽くなった心。


でも――


まだ、どこかに残っているものもある。


言葉にできなかった想い。

ちゃんと終わらせられなかった感情。


魚座の新月は、

それらを無理に片付けようとはしない。


「そのままでいいよ」と、

ただ受け止める。


窓ガラスをつたう雨粒を見ながら、

チャップはそっと目を閉じた。


何かを決めなくてもいい日。

進まなくてもいい時間。


ただ、流れるままに。


テーブルの上には、

湯気の立つカモミールティー。

やさしい香りが、部屋の空気をゆるめていく。


境界がほどけて、

外と内がつながっていくような感覚。


雨の音も、

自分の呼吸も、

どこか同じリズムに重なっていく。


「ちゃんとしなくても、いいにゃ」


そのひとことが、

すっと胸に落ちた。


魚座の新月は、

何かを始めるためのスタートではなく、

“すべてを受け入れるための余白”。


だからこそ、ここから先に

本当に大切なものだけが残っていく。


雨はやがて、ゆっくりと弱まり、

雲の向こうに、かすかな明るさが見えはじめる。


チャップは窓を少しだけ開けた。


湿った空気と一緒に、

新しい季節の気配が、静かに入り込んでくる。


何も変わっていないようで、

確かに何かが変わっている。


そんな、やさしい始まり。


物語はまた、

音もなく動き出していた。