色んなところで現代は社会貢献がさけばれている。
企業にも社会的責任を担うことは常識ともされている。
私の興味が社会貢献に向いたこともあるが現代では徐々にあらゆるところで、簡単にボランティアやNPOの活動に参加できる。
東京に来て市民活動の団体の多さ、参加する方の多さに驚きもあった。
地方ではまだ市民活動に参加する市民は少ないような気がする。
これからの社会は(今までもそうであるが)国だけでなく、国民や企業が積極的にボランティアで自分たちの生活をよりよくするために活動する機会が増えるだろう。
強制的でなく自然に生活の中に溶け込んでいくことになる。
そうなるようにがんばっている人がたくさんいることにも驚いた。
自分たちは、実はこのような方々に、直接的でなくても巡りめぐって支えられてきたと思う。
それは、あまり多くの国民が知らないような気がする。
人々がこんなにも人の役に立つために行動している。
その現実を多くの人間は知らなければならない。
誰かが困っている。
その人それぞれの困難を全てお金で解決することはできないし、その人はお金を持っていないかも知れない。
でもその人を近くの人が助けるのが人間だと思う。
人は一人では生きていけない。
そして、自分は他人である。
他人を助けることは、自分を助けることだ。
子供や障害者や高齢者に接する時、自分も同じであると思うかどうかが大切である。
人間はたまたま「今の自分」なのだということを忘れている。
人は、子供でもあったし、障害を持って生まれていたかもしれないし、事故って障害を持つかもしれないし、みんな歳をとって死ぬ。
自分がそうなった時、また身近な人がそうなった時、やっとわかる。
今まで自分に適応していた世界が、全く違うものになる。
そんな時、無償で手を差し伸べてくれるのがボランティアの方々なのだ。
自分や身近な人に何がおきるか分からない。一杯あったお金も無くなった時、助けてくれる人がいることを感謝しなければならない。
しかし、それは特別なことでなく、誰でも、いつでもできることなのだ。
その必要性を感じ取ってほしい。
身近な人、たとえば家族を考えた時、おのずと感じることであって欲しい。
そして何ができるか、何をしてるか知ることが大事だ。