この間、どこかの書き込みに「本田宗一郎さんは、空を飛ぶという夢を、死んだ後で社員が実現したんだから凄いね。」というのを見ました。
それを見て、思い出した過去の記事があるので、再録します。
それではどうぞ・・・
「ホンダ製原動機付グライダーの話」
本田宗一郎さんは空に憧れを持っていました。
「いつか自分の飛行機で、空を飛んでみたい・・・」
その気持ちは、ずっと持っていたようですが、時には大問題となりかねない話もあったようです。
それは埼玉県白子町に工場があった頃の話でした。
工場にエンジン付きのグライダーが持ち込まれて、社員一同はビックリ。
聞けば、本田宗一郎さんが「これにホンダD型(90cc)のエンジンをつけて空を飛ぶぞ!」とのこと。
プロペラは、元海軍の設計技師だった人がホンダに入社しており、最適なものを設計したそうです。
「誰が乗るんです?」
「俺が乗るしかないだろう!」
「オヤジさん、飛行機の免許は?」
「なくても大丈夫だろ!」
と、無免許でも平気とばかり、豪気な本田さん。
当時の白子には、300mの直線路が試運転用に整備されており、これを滑走路として飛び立つ計画でした。
計算では250mあれば、飛び立つ事ができるとのことで、いよいよ初飛行の日となりました。
周りでは止める人も多かったそうですが、本田さんは意気揚々と支度をしてグライダーを滑走路の端に押していったその時・・・
工場に部品を運んできたトラックが、運転を誤ってグライダーに激突!!!
・・・グライダーはバラバラになってしまったそうです。
その時の本田さんの表情は、それまで見たこともないくらいの落胆したものだったそうです。
しかし、社員は「トラックがぶつかったのは、神様のおかけだ。もし飛んでいたら、オヤジさんは死んでいただろう・・・」と噂したそうです。
・・・これも強運の持ち主ということの例えでしょうか。
この後も本田さんの飛行機の夢は続いていくのでした・・・
(完)
この話をしてくれたSさんによると、関係者はほとんど鬼籍に入ってしまったので語り継ぐ人もいないのだとか。
もう時効でしょうから、ファンで語り継ぎたいものですね。