夏休み、金沢に帰って高校時代の友人と会った。
一人は高木進さんで金沢東山で創業天保元年(1830年)の高木糀商店の社長です。建物は幕政末期のもので金沢市指定保存建造物にも指定されているほど歴史のあるものです。
 由緒ある建物の中で、ギャラリーとして定期的に催し物も開いている。ちょうど私が尋ねたときは、こけし展を開催していた。次は、陶芸展を開催する予定だそうです。
 家業を継ぎながら、自分のやりたいことをその中に活かしてゆったりと地域にとけ込んでいる暮らしぶりを素晴らしく感じました。
 もう一人は、丸岡喜市さんで金沢寺町で樹仙堂という庭園師をしている。自宅のある寺町は、名前の通り寺が数多く存在し、自宅には静かな庭園があり、数多くの灯籠が並んでいる。やはり金沢の歴史を感じさせる。丸岡さんの特に素晴らしいところは、年に一回、庭園見学会を催していることだ。バス一台をチャータし、金沢美大の鍔先生をガイド役に日本の由緒ある庭園を一日で見学する催しをしている。  
 今年は私も初参加し、大垣、桑名の庭園を見学しました。とくに桑名の諸戸家の庭園は、明治21年に出羽の本間家を越えて日本一の大地主となっただけあって荘厳なものであった。私達の日本には、まだまだ素晴らしい自然の美がまだまだあることを実感しました。
 10月には、大学時代の友人と7名で金沢を見学する予定です。高木さん、丸岡さんのアイデアをいただきながら、計画を立て、金沢の特別の旅になるものと期待している。

邂逅~木村孝オフィシャルブログ


邂逅~木村孝オフィシャルブログ-高木糀商店
4月2日(月)午前11:30に横浜のホテルで竹村勝邦氏、坂本氏と会食しました。

今回は、ヒューマックスの白金台の事務所を移ることについての経緯を率直に語りました。

大きな要因は、20年以上やってきて、三人がそれぞれ自分のやりたい道を歩み出したくなってきたことです。

また、現実的な課題としてリーマンショック以降、経営環境が厳しくなってきました。

会食後、私はお二人にこうお聞きしました。

「もう40年近くお付き合いさせて頂きました。長いお付き合いの中で、今一度成長するためにフィードバックを下さい。」

竹村さんはこう答えました。

『木村君は人の話を聞かないよな!ほら、今も自分のことを話そうとしている』

とまさに、私の今の姿をとらえて指摘しました。

坂本さんは、もっときつかった。

『木村君はいまだに中小企業のバブリーな経営者の様に見える』

そして『経理はどうしているの?税理士はどんなところにたのんでいるの?』と尋ねます。

私は、「月6万円で、決算の時に26万円であること、しかも20数年間やってもらっているので変更がきかない」ことを話しました。

すると、坂本さんが『僕がやったあげるよ!』と話すのです。

でも、私は坂本さんにご迷惑おかけするのも躊躇しました。

そして、なによりも一旦お願いした税理士事務所は税務署との関係があるから代えられないと思い込んでいたのです。

そして、その思い込みこみこそ手放すときだと確信したのです。

変革は新しいことを始めることです。

早速、日曜日から坂本さんと財務分析をスタートすることになりました。

邂逅~木村孝オフィシャルブログ-ソニー
現在61歳と4ヶ月、70歳までのこれからの10年、決して後悔しないよう多様な視点で出来るだけ客観的視点で木村孝を観察し、より成熟した人間を目指して生きたい。

そのため、これまでご縁のあった方々と直接お会いし、私の現状を語り、そして成長のために率直なフィードバックを頂くことにしよう。ヒントは、生保業界で伝説のセールスマンとして有名な原一平の自己研鑽の旅にある。

原一平は、長野県から上京してきて研鑽を重ね、17年連続世界一となった人物だ。

彼は、「原一平批評の会」という言わば後援会を創り、年一回、有力者をご招待し、そこで自分の欠点を徹底的に指摘してもらい客観的に自分を知り、自己研鑽を重ねたと云う。

さらに、これも年一回、第三者を通して信用調査をしてもらいその報告書から自分の社会的評価を得た。

そうした、多くの人の目と調査結果を通したフィードバックを懐に今度は自分と独り向き合うための時間を取ったという。

これを私も実践してみよう。

心機一転、これまでのHUMAXを発展的解消をし、4月より新たなHUMAXを創造することに決めました。

15年間、HUMAXを支えてくれた荒木和子さんに感謝の気持ちを伝え、退職金を払い、残ったお金は三人で均等に分けました。

そして、3月28日に事務所を全て払い、4人でこの20年を振り返り、それぞれの新たな船出を祝い、握手をして別れました。

その後、一人で白金の事務所に戻り、庭園美術館越しの六本木の風景を眺めているうちに万感の思いがこみ上げてきました。

この思いは、ここまでやってきた自分への承認、そして、ここまでやってこられたことに対してのご縁ある人達への感謝の気持ち、そして、あたらなスタートを切ることへのわき上がる高揚した気持ちのミックスした思いでした。

そして、家路を急ぎました。家に着き、メールを開いた時に新HUMAXの未来を予兆するするような一通のメールが届いていました。

それは、産業医科大学、准教授柴田喜幸先生からのメールで大学の看護師600名に私の人間学のワークショップを企画したいというものでした。

人の思いは、自分を超えたミッションの実現に向けて誠心誠意コミットした時に時間空間を超えて通じるのだという確信を改めて持ちました。

さあ、新たな船出です。
私は、人間の可能性をいかに引き出していくかの研究と実践を30年以上経験してきました。

何よりも鈴木秀子先生に1980年から一貫して指導を頂いてきました。

1990年に初めてであった人間学エニアグラムの学びは私自身の人間学の核となりました。

企業におけるエニアグラムのワークショップの体験は高橋慶治とともに日本でも最も実績があると自負しています。

私自身も、エニアグラムの人間学によって自分の人生をより豊かにより意味のあるものにしてきている実感を持っています。

還暦を超え、私のミッションは、エニアグラムを中心に据えた人間学を組織に取り入れ、多様な人間が自分らしさを発揮しながら、チームとしてもより価値を生み出し続け、より良い社会の実現に全霊をかけて取り組んで参りたいと思うのです。

しかるに、2008年のリーマンショック以来、経営環境が厳しくなって参りました。

10年後の将来の自分のビジョンから観察したとき、このままの延長ではないことが明確でした。

考えこんでいるときは、方向性も決まらず、エネルギーがとどこおっていました。

そこで、息子と真摯に向き合い、素っ裸になって相談しました。

息子がこう言いました。

「余裕のある今、決断しないと、余裕が無くなってからでは選択肢も少なくなるんじゃないの」。

腹にストーンと落ちました。
ここ二年来、我が愛する会社、HUMAXをどうして行くのか考えてきました。

その一番の要因は、1991年の創業以来、三名のパートナーとやってきましたが、20年以上人間の成長にかかわる仕事をやってくるうちにそれぞれが自分のやりたいことがさらに明確になってきて、あえて三人で共通のセミナーをやる機会がなくなってしまったのです。

私の口から申し上げるのも僭越ですが、私達三人とも誠心誠意人間の成長にかかわる仕事をやってきて、三人共プロだと自任しています。

ところがその自負が強いほど、自分のやり方にこだわるようになってきました。藤田さんは、仕事を真ん中において真摯に自分の在り方と向き合い続け、イノベーションを確実に起こし、成果を上げています。

とりわけ次世代リーダーの育成に関しては、藤田さんのコースを受けることが条件になっている会社もあります。高橋さんは、人間の本来持っている可能性をいかに引き出していくかについて、特にスポーツの分野で超一流のアスリートにメンタルトレーニングを指導しながら成果を上げてきました。

多分、メンタルトレーニングでは、日本でも有数のプロです。さらに幅広い視点からの人間探求により、立命館大学経営大学院客員教授として学生の満足度NO1を勝ち得ています。
ソニー歴史資料館を訪ねた。

ソニー発祥の地、御殿山にできたソニーの代表的な商品約250点を展示してあります。

そして、それらの商品にまつわるエピソードや技術開発の歴史を、パネルやテーブル解説、映像資料によって紹介してあります。

ソニーの現在に至る足跡を総合的に見ることができる貴重な資料館です。

まず、入り口に飾ってあるのは創業者井深さんのメッセージです。

“人にやらないことに挑戦しそこに人間の生きがいを見いだす”という言葉はまさに今日本に求められていることです。

創業の地、御殿山の本社は見る陰もなく、壮大なるマンションに生まれ変わっています。

しかし、その創業のメッセージは、いまだ生き生きと鮮烈に語りかけています。

私の社会人生活がスタートしたソニー商事の跡地を眺めながら感慨に耽りました。

私の中にも人のやらないことに挑戦していきたいという気持ちは根づいています。

邂逅~木村孝オフィシャルブログ-ソニー歴史資料館
新年を迎えて元気な方をご紹介します。

還暦を迎えて起業家となりました新川政信さんです。

新川さんは37年間大手生命保険会社に主に営業職員をマネージする仕事をされてきました。

2011年震災直後の3/23日に、内閣官房参与で社会起業大学名誉学長、田坂広志先生の講演を聞き、共感され、直ぐに社会起業大学に入学され第三期生となりました。(私も同期です。)

そして、8月の第三期生卒業イベント「ソーシャルビジネスグランプリ」で審査員特別大賞を受賞しました。

テーマは、「高・介・併進策 かい援隊百万人構想」というものです。

内容は、介護分野の圧倒的人手不足(2025年百万人規模)の解決を図るため、84%は元気と云われている元気高齢者を導入・誘致。

高齢者は、負でなくむしろ社会の力なのである。

高齢者雇用と介護業界の人手不足の二つの社会課題を同時に解決していきたいとの構想をもって、起業化しました。

新川さんは、ご自分のお子様と同世代の学生とともに学びながら、「私の後ろをついてきて頂きたい」と強く言い切る熱い方です。

とても刺激を受けました。

新川さんのこれからのご活動を支援していきたいと思います。

邂逅~木村孝オフィシャルブログ-新川政信氏
MINEHAHA(ミネハハ)さんにお会いしました。

西岡博史さんから長年素晴らしい声の方だよ、とお聞きしていて初めてお会いすることができました。

ちなみに、MINEHAHAさんのMINEは、ネイティブアメリカンの言葉で“水”を意味し、HAHAは、“微笑み”の意味です。

CM女王として、3.000曲以上に参加しているそうです。

早速、MINEHAHAさんのCDを聞くと澄み切った声で、心と魂に届く様な気がします。

私は、二日に一回は、お風呂でキャンドルを灯し、MINEHAHAの歌声を聞いています。

もし、興味を持たれましたら、コンサートが1/24日、19時より一番町で行われます。

是非お勧めします。

$邂逅~木村孝オフィシャルブログ-MINEHAHAさん
昨日エニアグラムを長らく学んでいる人達との分かち合いをしました。

日本に鈴木秀子先生がスタンフォード大学からエニアグラムをマスターされ導入されたのが1990年です。

その頃から今日まで継続して学んでいる人達ですから一言一言に味わいがあります。

しかも、自分の中で起こることを安全の場で自由に語ることができる場ですから気づきも深いのです。

その中でこのような言葉がありました。

「絆」が大事、その絆もまず自分と繋がることが大事なんだ。

自分になること、自分を全てうけいれることから始まる。

起こることをキチンと観察して、その意味を捉えていくことで自分の成長に繋げることができる。

壁を越えてもまた壁が立ち現れる、壁は自分を磨いていくために自分で用意しているのかもしれない。

還暦の同窓会があった、先が見えなくて不安になっている人がいる、また、先が観え過ぎて希望がもてない人がいる、いずれも希望を持ちにくい時代だと云えるかもしれない、こうして、長年、付き合ってきた仲間とこうして語り合えることのこの時間が小さいかもしれないが愉しみだ、今後は日々の小さい希望を発見していきたい。

などと尽きることもなく、語り合った半日でした。