Liar! Liar! | Every day is a good day to going out!

Every day is a good day to going out!

わけあって、親にならない人生を選択した僕。そしてそんな僕と一緒に暮らす、やはり親にならない事を選択した彼女との「お出かけ日和な毎日」を心赴くままに書き記そうと思っています。

酒類を提供している飲食店に対して、「営業時間を短縮するなら補助金を出す」という制度が再び発動されようとしています。



確かに、外食する事によってコロナに感染する確率が高くなる事は否定できません。しかしコロナ禍の昨今、経営が大変なのは何も酒類を提供している飲食店だけではないのです。にも関わらずなぜ飲食店だけが優遇されるのか、僕はこの事に一つの疑念を持つのであります。


なぜ、優遇されるのか。

その理由は、やはり一言でいうなら、それは社会全体が「飲酒は良い事だ」と洗脳されているからに違いないと見て間違いはないでしょう。そしてその良い事である「飲酒文化」を守るためにも必要だからという理屈で、酒類を提供するお店ばかりに補助金を支払うという行為が正当化されているという見方もまたできると思うのです。


僕がなぜそのような見方、…換言するなら、なぜこのように疑い深くなってしまったのかというと、やはりカルト教団S会に騙されていた事があるという苦い過去があるからなのだと個人的には思うのです。もう二度と騙されたくないのです。疑い深い性格になってしまうのは当然と言えましょう。


もう少し突っ込んだ事を言うなら、騙すという行為には、騙す側が騙そうとしている相手を下に見ている、つまり、所謂ナメているという部分があるのはもう疑義の余地がないでしょう。ナメているからこそ、例えば「仏壇を拝めば願いが叶う」などと有りもしない嘘を平然とつけるのだと思うのです。そしてナメている相手が騙されてくれないと見るやいなや逆ギレして文句を言うわけです。

「バチが当たるぞ」、と。しかし脅しは脅しと見破れば脅しではなくなります。そんな時は、

「バチ? ンなもん当たるかバーカ」

と言い返して中指でも立ててやればいいのです。


飲酒という行為にしても、「社会は酒そのものに騙されている」という観点に立てば、むしろ楽しく、それこそまさに軽快なるフットワークでエスケープする事ができると思うのです。「飲酒は良い事」、これは洗脳です。社会が酒そのものに騙されているのです。騙されているからこそ、補助金ウンヌンで酒類を提供する飲食店ばかりが優遇されるのです。僕はもう騙されたくはありません(=ナメられたくはありません)。だから今日もお酒は飲みません。


取り止めのないコメント、大変失礼しました。



やはり松本さんはレスポールが一番似合いますな。


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