両手首を蛇に巻き付かれて自由を失い、十字架に磔となってしまったメグミに向かって、悪鬼の怪物はゴツゴツとした太い腕を伸ばし、左手でメグミの黄金の髪をわしづかみにすると、右手は彼女のかたち良い顎を掴もうとした、そのとき。
メグミは口の中から勾玉を噴き出して怪物の眼に命中させると、怪物は両手を離し顔を覆った。同時にメグミの腕を縛り付けていた蛇の力も緩み、瞬時にメグミは怪物の眼から落ちて行く勾玉を掴み、十字架の上に飛び上がった。
再び正気を取り戻したイルカは海面に姿を現し、メグミに向かって思念を送った。
――メグミ、怪物の角(ツノ)が悪鬼の元だとわかったわ、彼はツノが弱点なの。
メグミは更に飛び上がり、空中で回転しながら怪物の肩に乗り移り、硬く長いツノを掴むと、後方から首に跨り長い脚でその首を絞めつけた。怪物は口から火炎を吐き出しながらメグミの膝を握り、彼女を引き離そうともがき続ける。
メグミは右脚を折り曲げて首に巻きつけ、左脚の膝裏で右足の甲を締め付けて怪物の気管を止め、怪物の頭頂部に飛び出す灰色のツノを、彼女の鍛え上げた腕に渾身の力を込めて巨体ごとグルグルと回した。
――そして怪物のツノを十字架に突き刺すのよ。
メグミはツノの先端を大きく振り回し続け、やがて息を止められた怪物は両足が揃ってしまい、重心を失いそのまま前方に倒れ込む、すかさずメグミは足を解いて肩の上に立つと、怪物の長いツノの先端を十字架の根元に狙いを定めて向けた。
そして真っ直ぐに倒れ込んだ怪物のツノは、十字架の根元に突き刺さり、怪物の頭はそのツノから解放されて祭壇の下に倒れ込んだ。
――メグミ、よくやったわ、彼の正気が戻れば話をすることが出来るはずよ。
「ありがとうイルカさん、あなたは超能力者なの?」
――いいえ、私はアイルランドの妖精、ファンションていうのよ。
「妖精?」
――そうよ、女王様に言われて、今はイルカさんの身体を借りてるの。
「女王様って、お祖母さまが言っていた、あの、愛(マブ)様のことね」
――そうとも呼ばれているわね、あっメグミ、彼が目を覚ますわ、これを着てちょうだい。
――戦うときは裸身の乙女でも、祈るときは、ザ・ワンの純白のトーガに包まれて祈るのよ。
マリアから借りている白いトーガが空中を滑ってくると、頭上でふわりと広がりメグミの身体を包んでくれた。それはすっかり乾いていて、とても柔らかで、爽やかな香りに包まれていた。
「まあ温かい、とても気持ちがいいわ、ありがとうファンション」
そして振り返ると、祭壇の前には大きな男が倒れていた。
大男はメグミを見ると、人差し指を立てて口元を押さえ、ジェスチャーを使ってメグミに静かにするよう示した。
そして立ち上がり、ゆっくりと祭壇に歩みより、十字架に刺さった角(ツノ)を引き抜いた。
「メグミ、翡翠の宝石を持て、そしてこのツノに向かって光を与えろ」
言われたとおり、メグミは勾玉を胸元に掲げて彼が捧げ持つツノに向かって思念を送った。
すると大男が頭上に掲げたツノに向かって青い光が差し貫き、やがて虹色の光の渦がそれを包み込み、松明のように青い炎が上がった。そして大男の手を離れると、十字架の前に鬼火となって揺らめいた。大男は膝をつき、そこで祈りの言葉を唱え始めた。
メグミは大男の隣に並び、同じように膝をついた。捧げ持つ翡翠の勾玉は熱を持ち、無限に思えるほどの虹色の光を放ち、洞窟ドームに広がり、それは鬼火を中心にした大きな虹色の光の渦となっていく、そして光が溢れると、大きな鬼火はさく裂して、十字架の周囲には小さな無数の鬼火が揺らめいた。
一瞬、メグミの身体は硬直し、何かが頭上に下りて来て、メグミの身体の中に入るのを感じた。更にメグミの身体は勾玉の熱量を感じ、体内にほとばしるほどのエネルギーを感じると、彼女は目を閉じた。
メグミはその人の思念の命ずるまま黄金色の心眼を開き、十字架の中心にある紋様に向けて強力なエンパシーを注ぎ突き刺した。
するとそこに、光に覆われた空間が開き始めた。そこから眩いほどの光が溢れ、メグミが作り出した、いや正確にはマリアの思念が造り出した虹色の光の渦を取り込み、吸収し始めた。
十字架の中心に開いた空間は、その向こうに在る世界へと引きずり込まれるように、虹色の光を吸い込み始め、それは向こうにある世界への光の道となった。
次項Ⅴー57に続く

