ロミと妖精たちの物語243 Ⅴ-41 死と乙女㉛ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

 

閉じた瞼の向こうに、柔らかな光が拡がるのを感じていた。

 

いつの間にか眠りに付いていた僕の耳に、穏やかなメロディーが囁くように入り込み、その光と音楽が、まるで雲の上を軽やかに跳ね遊ぶ、妖精たちの世界を見ているような、心地よいやすらぎの中に、今僕はいる。

 

そして、甘い匂いに包まれていることに気がつくと、後頭部から首と肩のあたりに柔らかな感触を感じた。たぶん、今目を開ければ、そこには疲れた僕を優しく包んでくれる、母でもあり、理想の恋人でもある美少女ナツミの顔が有るのだろうと期待しながらそっと瞼を開けてみた。

 

でもそこで、僕の寝ぼけた顔を見おろしていたのは、あのメギツネの、そして僕の双子の妹メグミの冷たい視線だった。

 

うっかり眠ってしまっていた僕は、慌てて妹の膝の上から起き上がった。

 

いつものように、笑顔を見せることも無く、無表情のままでメグミは言った。

「ケージ、これまでのこと、そしてこれからのことも、もう分かったかしら」

 

メグミの清く正しく真っ直ぐなその姿勢に倣い、彼女の前で背筋を伸ばし、正座をして応えた。

「今見た夢は、本当のことなのか」

束の間、僕は荒唐無稽な夢の中にいた。

 

「そうよ、ナツミはベルリンの子、彼女が見守ってきた問題を、私たちが引き受けるの」

 

たった今、母ナツミの手のひらに包まれて見た束の間の夢、それは1990年に発見されたベルリンはウィルヘルム通りの地下壕跡、それまでソ連と東ドイツによって何度か捜索されたものの、その全容は掴むことが出来なかった旧ナチスの大本営の跡地。

 

この時もまた、ナチスの亡霊によって発見できなかった最終兵器の隠された地下室。

1945年4月30日に自殺したヒトラーの反対を押し切って開発された、世界終末兵器についての夢だった。

 

第一次大戦において、若い兵士ヒトラーは毒ガスに冒されて長時間の苦しみを経験し、失明の恐怖と死に瀕したこともあり、彼自身は毒ガスを使用することは好まなかったが、敗色濃厚となって統制が取れなくなり、一部の将校たちによって持ち込まれた科学兵器、それがヘッダVXだ。

 

(いおり)の部屋の中には、メグミと僕だけがいた。

メグミは僕の手を取り、庵の引き戸を開いて、洞窟ドームのテラス中央に出た。

「これから私たちはベルリンに向かうのよ」

「ベルリン? ちょっと待ってくれ」

 

僕にとって予備知識もない夢の続きを、いきなり言いだしたメグミの言葉に僕は慌てて応えた。

 

「部屋に戻ってパスポートを探さなくちゃならないし、それに・・」

メグミは右手を前に上げ、そのかたち良い指先を僕の唇に押し付けて黙らせた。

「大丈夫、準備は全て出来ているわ、あなたはその鞄を、しっかりと持っていてちょうだい」

 

父に言われて運んできた背負い鞄を、僕はあらためて背負いなおし、ベルトを調節した。

僕の準備を確かめると、メグミは上へと続く、狭いらせん階段を上り始めた。

登り切った所は、あの巨大キツネ像の、大きく開いた口の中だった。

 

メグミは僕の身体を後ろに向かせ、地面に膝を着かせて鞄の口を開いた。

僕の背中の鞄に手を入れ、ゴソゴソと中身を調べ、一つひとつ丁寧にたたみ直しているのだろうか、カサコソと擦れるような音を立てて荷物を入れ直している、そして整え終わると、再び鞄の口を塞ぎ、革ひもをきっちりと結び直した。

 

「さあ、準備が出来たわ」

その声を聴いて僕は立ち上がり、背負い鞄をしっかりと確かめながら振り返った。

すると目の前には、一糸まとわぬ裸になったメグミの姿があった。

僕は驚いて、一瞬メグミの青い瞳を見つめた後、即座に彼女から背を向けた。

 

「あら、ケージあなた恥ずかしいの?」

僕は背中を向けたまま、思い切り目を閉じていた。

「大丈夫よ、あなたはそのままで、背負っている鞄が装着品を守ってくれるわ、でもその鞄は一つしかないの、私が着ていたものは鞄の中にしまったから、あなたがしっかり守ってくれれば、ちゃんと目的地に運ばれるのよ」

 

メグミは勘違いをしている、僕は自分が裸になっても恥ずかしいと思うことは無い。

心臓をドキドキと鳴らせ、訝(いぶか)し気に黙っている僕に、メグミは続けた。

 

「今から私たちはワームホールのトンネルを通り抜けるのよ。生きている命は神様に守られて、次元境を通り抜けることが出来るけど、服や靴や装着品のような無機質の物は中に入った後、通り抜けることが出来ないの。それに私には、これがあるから大丈夫よ」

 

メグミの言葉の後から、僕たちがいるキツネの口の中には、虹色の光が渦を巻き始めた。メグミはきっと今、ドラゴンボウルと呼ばれる勾玉に、祈りを捧げているのだろうか。

 

僕は彼女に質問した。

「それでは、お祖母様とお母様ナツミはどうするのだ、我々だけで向こうへ行くというのか」

メグミはゆっくりと僕の前に移動した。両手を前に出して、胸のあたりに勾玉を掲げていた。

 

「私たちのお祖母さま巫女の女王とナツミ、二人は私の中にいるの、ケージ私をよく見て」

すると、メグミの顔は、僕が最初に見た威厳ある女王の顔に変わり、そして微かに微笑む少女ナツミ、ドイツ名ヘルガの顔に変わった。勾玉を掲げるその身体も、成人女性の肉体から、病弱なアングロサクソンのか細い少女の姿に変身していた。

 

「分かったかしら、私たちは既に三位一体となっているのよ」

 

「そしてケージ、あなたの中にも父さん、ケーイチローがいるのよ、今のあなたは二重の人間、ある意味モンスターになっているの」

 

僕は自分の手のひらを見つめ、足先を見つめた。

そして再び三位一体となった女神の姿を見ると、それはもとのメグミの肉体に戻っていた。

 

だがその表情は、傲慢な巫女のときの、あの怜悧なメグミの顔ではなかった。僕の目の前にいるのは、17才で意識を取り戻したときのメグミ、あのときの優しい笑顔が戻っていた。

 

「分かったでしょうケージ、私たちは用意周到に準備ができているのよ、さあ行きましょう」

 

メグミは何一つ身に着けぬまま、無防備な裸のままで僕の前に立ち、ドラゴンボウルの勾玉を掲げて、巨大キツネ像の喉奥に向かって、呪文のような、祈りのような歌を唄い始めた。

 

 

次項Ⅴ-42に続く

 

 

「魂のルフラン」をカバーする、SU-METAL、15才の中元すず香。

 

 

今日のおまけ動画は武道館2014の 「HEADBANGER」 アクシデントに負けない、さ学OG!