ノートルダム寺院の敷地の端にある、大きなマロニエの木の地下に隠されたカタコンブの空間に、宇宙少女マリアが掲げている、ドラゴンボウルの光の渦が広がってゆく。
その虹色の光を受けて、ロミの思念の翼は次第にアンドロメダの輝きを取り戻していった。
洞窟の壁際で石のように固まっている父博士によく似た男は、ロミの愛と癒しのエンパシーに包まれて、長きにわたり心の底(イド)に眠っていた、エジマ家の記憶の扉を開いていった。
――さて、どこから話をしようか。
男は唐突に思念を使い、ロミに向かって言葉を発した。
ロミは男の目から視線を外さず、愛と癒しのエンパシーを送りながら話した。
「私はロミ、あなたはケージ・エジマさんかしら?」
ケージ・エジマと呼ばれた男は、座り込んだまま無表情のままで、思念を使って応えた。
――そうだよ、ロミ、キミの従兄にあたるケージ・エジマだ。
「どうして私があなたの従妹だと分かったの?」
――僕の記憶の中で、キミは初恋の人でもある。
ロミは呆れたように見返し、フィニアンとマリアの顔を見てから、首をかしげて彼に言った。
「ケージさん、あなたは2002年に生まれたと聞いているわ、私は2033年に生まれたのよ、あなたが初恋を知る年令の頃には、まだ影も形も無いのよ」
ロミの驚く声に、エジマは少しだけ表情を緩めた。
――ロミ、キミは今より少し年齢を重ねた大人の女性だった。
「まあひどいわ、私はまだ純情乙女なのよ、あなた、ほんとに大丈夫?」
――大丈夫なのか、そうで無いのかは、それぞれの考え方主観による問題だと思うがね。
ケージの言葉に、ロミは眉をひそめた。
――もちろん僕は大丈夫だよ、ロミ。
「そう、だけどよく分からないわね、できれば私に分かるように説明してちょうだい」
――いいだろう、ロミ。
――だがその前に、僕はお呪(まじな)いを掛けられているんだ。
「おまじない?」
――そう、それは2050年の夏、あのときロミはひどい事故に遭ったのだったね。
――そしてケージロー叔父さんの手術を受けて、キミは特別製の巫女型サイボーグにされてしまったんだね。
――その時僕は48才、すでに身も心もひどく病んでいたのだ。
――そこにいる、シモーヌ母さんとマドレーヌ姉さんに守られて、僕は7才までこの地にいたのに。君のお父さんが生まれると分かって僕は日本に連れ戻された。
――全ては、三嶺の巫女の女王、宏美の指し示すまま、いや、そうではないな。
――ケーイチロー父さんの母親である、神州のオフクロ様の思念に呼ばれて、
――僕はパリを離れて東京に帰されたのだ。
「ケージさん、何故そこで私のお祖母ちゃんが出てくるのかしら?」
――ロミ、我が一族は、まごうことなき、正真正銘の神の使者を守る妖精一族だ、そして神の意志を継ぐものたちは、母なる宇宙・銀河そして太陽系、生命を育む者は何よりも女系が優先するのだ。
「女系一族?」
――そうだ、僕の父ケーイチローは、ナツミにとっての道具に過ぎない。ケーイチローの精子は僕の姿になったが、メグミはケーイチローの遺伝子は受け継いでいない、あのときたぶん、もう一人の父親がいたのだと思う。
――我が一族の男どもは、あくまで神の血を導くための道具にすぎないのだ。
――キミと僕の祖父であるケージは、僕の祖母、大和の麻弓に選ばれたあと、キミの祖母、邪馬台の宏美の婿となり、TSウイルスに命を絶たれるまで仕えたのだ。
ロミとケージのやり取りを聞きながら、フィニアンは思念でロミに助言をした。
―ーロミ、その話は後にしましょう。
――えっ、だって面白そうよ、この人のお話。
――彼は疲れています、まずは何をしに来たのか、その目的を確かめましょう、いいですね。
――分かったわ。
「ケージさん、家族の話は後にしましょう。今は何より、あなたが求めているものは、何なのかしら、そして一体それは、どこに在るのかしら?」
――そうですね、それを明らかにして、この世界を正しい道へと導かなければなりません。
――それでは、私を縛(いまし)めているお呪(まじな)いを解くために、一つお願いがあります。
「あら、どうぞ仰って、それは一体、何なのかしら?」
――あなたはもう一度、僕にキスをしなければならないのです。
「えっ、出会ったばかりのあなたに?それも血のつながった従兄なのでしょ?無理よ」
――いいえロミ、あなたは砂漠の海で従兄のトニーマックスとキスをしたでは無いですか。
「あなた、ほんとうにケージ・エジマなの?変なことばかり言って、どうも怪しいわね」
――僕は去年の冬至の朝から、この夏至の間だけ自由を与えられていたのだが、
――昨日から身体が動かなくなってしまった。
――もしかしたらこのまま記憶も遠ざかってしまうのかもしれない。
――そしたらもう、ロミ、あなたに伝えることも出来なくなってしまうのだろう。
「待って、ケージさん、その、あなたに自由を与えた人って、いったい誰なのかしら」
――ああ、なんだか少し頭がボーっとしてきた。
ケージ・エジマはそう言いながら、ぐらりと前屈みになり、そのまま地面に倒れ込んだ。
即座にロミは反応し、彼の肩を受け止めてその首を支えると、彼の顔をしっかりと見た。
するとフィニアンは、思念を使ってロミに言った。
――ロミ、彼の言うとおりにするのだ。
――まあ、ほんとに?
ロミはフィニアンを見た後、マリアにも視線を合わせた。
マリアはロミを見つめ、何も言わずに黙って頷いた。
「いいわ、分かった、あなたにキスをすればいいのね」
ロミは、静かにそう言いながら、そのふっくらとした唇を、ケージの顔に近づけていった。
次項Ⅴ-27に続く