海峡を渡ればイングランドに近い、フランス北部の街ルーアンの中心部、ヴィエマルシェ広場にあるマグノリアの樹の根本に、ロミと妖精たちは下り立った。
7世紀も前に起こった、イングランドとフランスの覇権をかけた争い、そして宗教者の争いによる策謀によって、およそ公平さを欠く醜い裁判によって火刑の判決を下され、狭い広場の周りには聖少女を支持する数千の市民が集まり、無罪を訴え釈放を要求する群衆の前で、炎に包まれながら、最後まで神に祈り続けた聖少女。
その真実を明らかにすこともかなわず、寄る辺を失い彷徨える魂となり、今もこの街にいるという、ラ・ピュセル=聖少女、彼女の魂を、ロミたちは探し求めることとなった。
まず初めに、マドレーヌに導かれてノートルダム(高貴なる母=聖母マリア)大聖堂に寄り、ロミと妖精たちはその人を思い、無の心をもって祈りを捧げた、そして聖少女の名前の付いた教会でも、彼女の行方を乞う願いをかけて、静かに安らかな祈りを捧げた。
「ねえマドレーヌ、どうしてあの人は、聖少女が今もここにいると思っているのかしら」
ロミの問いかけに対して、マドレーヌはなかなか返事をすることが出来なかった。
「ロミ、あなたの疑問は良くわかるわ、でも、それについては、とても難しい問題があるのよ」
すると、マドレーヌの乳房の上に潜んでいたアランソン公ジャン、悲しき魂を護って来た中世のドラゴンは元の姿に戻り、クルリと地面に降り立った。
「あら起きていたの、アランソンさん、妖精の胸の寝心地はどうだった?」
ロミは父博士に似て、時々冗談めかして場を和ませようとする。
アランソンはニコリともせず硬い表情で、21世紀の聖少女に向かって深々とお辞儀をした。
「ロミ様、マドレーヌがお応えし兼ねておるのには、深い理由があります」
アランソンは、ここではまずいと、皆を教会から広場の方へ連れ出した。
今夜は夏至の夜、2030年に地球を襲ったTSウイルスの災禍から復興していくとともに、北ヨーロッパで再び盛んになったスンジエーネ、妖精祭りが開かれていて、広場には妖精や中世のコスチュームを楽しむ人々でにぎわっていた。
ここではロミとマリアの聖なる衣装、金色と純白のトーガを纏った姿も違和感なく、ヴィエマルシェ広場の賑わいに溶け込んでいた。
――聖少女の復権に記録されているのは、あくまで後から記述されたものに過ぎません、そこにはドンレミの農家の娘、無学な少女の奇跡として描かれておりますが。
アランソンは、ロミとマリア、そしてフィニアンに向かって声に出して言った。
「彼女は王家の娘だったのです」
突然の話に、ロミと妖精たちは顔を見合わせた。
「彼女は、シノンで王太子シャルルと謁見したときに、王家の者しか知りえぬ秘密のことを話したのです。取り巻きの人々を遠ざけ、その内容について王太子と二人きりで問答をすることとなり、聖少女の正確な回答を聞いて、シャルルは涙をながしました。そのことは誰にも話さなかったのですが、そこで二人は兄妹であることを確かめあったのです」
「あのとき、わたしはまだイングランドに拘束されていたため、彼女のことは何も知りませんでしたが、オルレアン奪還の前に身代金を払われ、王太子のもとに帰ると、彼からその秘密を聞かされました。そしてオルレアンへの攻撃に、フランスのために集まった諸侯の軍を率いるように命じられたのです、王女ジャネットの指揮を仰ぎながらと」
それから、アランソンは処刑の日までの出来事を、要約してロミと妖精たちに話した。
ロミとマリアが真剣に話を聞いていると、フィニアンが彼に尋ねた。
「さて、アランソン公、ではどうやってその聖少女の魂を見つければよいのかな」
フィニアンの問いかけに、アランソンは応えることが出来なかった。
「わたしには、聖少女がここにいるということしかわかりせん」
アランソンは、目を閉じうつむいて、ロミの前に手を握り合わせた。
「そうね、ここからは私たちが彼の思いを引き継ぎましょう」
そう言って、ロミは広場を見渡した。
妖精や中世のコスチュームを身に纏い、スンジエーネの夜、妖精祭りを楽しむ市民や観光客たちで賑やかな広場の中央に進み、ロミはマリアとマドレーヌの手を握り、三位一体・トリニティ-の輪を作ると、彼女は思念の翼を開き、目を閉じて心眼を開いた。
そして、愛と癒しのエンパシーをヴィエマルシェ広場に拡げてゆき、人々の心を包んだ。
次項Ⅴ-7に続く
(2014年3月の武道館、16才のSU-METALフランス公演まで3ヶ月)