地球に向かって一直線に太陽系宇宙を飛行し続ける、細長いラグビーボールのような形をした巨大隕石の小さな突起インティワタナと、小型宇宙船フェアリーシップ・ユマの船底に隠れていた狭間が開き、大小の宇宙船が接合して一つとなった瞬間、大型宇宙船を護送していた巨大隕石が消失してしまうほどの大爆発が起こった。
そしてその閃光を浴びて気を失ってしまったロミの目を覚まさせようとして、フィニアンは彼女の足元に跪(ひざまず)いた。
ロミの強靭で柔らかな肉体を包む黄金色のトーガの裾を指先で摘まみ、彼女のナイーブに伸びた右脚の膝までめくり上げ、そのかたちよい足を包む革のサンダルを彼はまるで宝石を扱うデザイナーのように、丁寧に靴紐を解(ほど)き、彼女の滑らかな踵(かかと)に手を添えて、そのサンダルを、そっと外した。
「希望の星よ聖なる少女ロミよ、汝の足は沓(くつ)の中にありて如何に美(うるわ)しきかな」
アイルランドのいたずら妖精ガンコナーの長(おさ)でもあるフィニアンは、聖少女ロミを覚醒させるために、砂漠の洞窟でトニー・マックスがしたように聖なる呪文を唱えると、ロミの寝顔を確かめてから目を閉じて、彼女の柔らかな足先にそっとキスをした。
それに倣(なら)って、ミルクマンは愛の妖精ファンションの右足に、万里生は宇宙少女マリアの右足に、フィニアンがロミに行った儀式のとおり、それぞれに聖なる乙女の目を覚まさせた。
反動で顔を蹴られた3人は、もんどり打って倒れた後、痛む鼻を押さえながら起き上がった。
「あら、ごめんなさいフィニアン、また気を失ってしまったのかしら」
ロミは少し恥ずかしそうに、頬を赤く染めながら捲れたトーガを直してサンダルの紐を縛った。
マリアのつま先に蹴られて赤くなった鼻を押さえながら、万里生は小声でフィニアンに聞いた。
「3人とも気を失うなんて、姉さんたちはいったいどうしたのでしょう」
その質問に、フィニアンも小声で応えた。
「巨大な隕石を消失させるほどの激しい宇宙規模の融合は、繊細な乙女たちにとっては少し刺激が強過ぎたのだろうね、万里生、君も大人になれば分かるよ、――なあミルクマン」
「フィニアンさん繊細な乙女って何のことでしょう、僕にも良く分かりませんが」
「なんと、君もまだ少年だったのかねミルクマン、2世紀にわたって活躍しているというのに」
フィニアンは、巫女のユマにも同じ儀式をするようにと、万里生に半ば命令口調で言った。
万里生は眠っている巫女ユマの足もとで呪文を唱え、彼女の右足にキスをした。
すると人工頭脳ユマは、フェアリーシップのコンピュータから巫女の身体に戻り、ユパンキ・ユマ・マルケスとなって黒い瞳を開いた。
「ありがとう万里生、無事に私たちの舟とモノリスは一つになることが出来ました。ロミ、そして皆さん、隅の方にお下がください、今から舟の中央に通路が開きます」
ユマが指をさすと、舟の床に黒点が現れ、やがて空間となって開いてゆき、地下から階段が伸びて舟の床に届くと、フェアリーシップと巨大宇宙船は一つの空間に繋がった。
「モノリスって何のこと?」
ロミの問いかけにたいし、ユマはクールな視線を向けて応えた。
「失礼しましたロミ、それは隕石に隠れていた宇宙船の姿を見た印象です。一枚岩のように継ぎ目も無く、表面がまるで金属で造られた石碑のように感じられたからです。中に入ればきっと正確なことが解かると思います。――まずは、4人で中に入って確かめましょう」
「4人だけが入るとなると、誰が残るのですか?」
訝(いぶか)し気な表情でフィニアンが訊ねると、ユマは静かな声で応えた。
「操縦席の中央には万里生、マリアには左の席でドラゴンボウルを握っていて欲しいのです、そして右の席にはフィニアンさん、あなたはここから私たちを見守っていてください」
ユマは、足元に開いたモノリスの暗い空間に下りてゆく階段に、かたちよい足を踏み入れた。
「分かりましたユマ。――ではロミ、ファンション行ってらっしゃい、ミルクマン3人を頼んだよ」
今はユマの指示に従うべきと心得、フィニアンは操縦席の右座席に腰を下ろした。
ユマに続いてロミ、ファンション、そしてミルクマンが階段を下りた。
ユマの足がフロアーに着くと、周りの間接照明が灯り、フェアリーシップの室内で見守る万里生たち3人の前に浮かぶモニター画面に、4人が降りたモノリスの船内が映し出された。
フロアーは、左右にオフホワイトの壁が続き、等間隔に高さ10フィート近い大きなグレーのドアがあった。ユマを先頭に前に進むと、照明がだんだんに灯ってゆき、前方には長い廊下のように遠くまでつながっていることが分かった。
モニター画面を見守りながら、助手席のマリアが、中央に座る万里生に思念を掛けた。
――万里生、ユマの足にキスをするとき、どんな気持ちだったの。
――どんな気持ちって、別に何も考えなかったよ。
――ねえ、私の足にもキスをしたの? (万里生は黙って頷(うなず)いた)
――その時はどうだったの、何も考えなかったの? (万里生はもう一度、黙って頷いた)
マリアはドラゴンボウルから手を放し、万里生の手を上からきつく握った。
――どう、痛い?何か感じるかしら。
地下では、フロアーを進んでいたユマが何かを感知して立ち止まると、ロミたちは一斉に身構えた。すると、前方からカシャカシャと擦れるような音が聞こえ始め、何かが近づいてくるのがわかった。薄闇の中を近づいてくる、それは二つの眼を持つ四つ足の動物の姿をしていた。
――マリア、ドラゴンボウルを握るんだ。
フィニアンの思念の声が聞こえると、マリアは万里生の手を放し、二人に間に浮かぶドラゴンボウルの上に手のひらを添え、思念を集中すると、透明球の中心に光の渦が巻き始めた。
ロミたちの前に現れたのは、大きな狐の姿をした灰色のロボットだった。
「きみたちは何者だ、いったい何しにここへ来たのだ」
狐型ロボットは、型通りの挨拶をし、ありきたりの脅しをかけた。
「返事によっては惨(むご)いことになるぞ」
インカのワイナピチュ、聖なる山の月の神殿の巫女ユマは、静かな口調でそれに応えた。
「私はザ・ワンの神の子ユマです、ここにいる方々は、アンドロメダの聖少女ロミとダーナ神族の愛の妖精ファンション、そしてザ・ワンの神の使者ミラクルマンです。わたしたちは、あなたを目的の地へ無事に導くためにやって来ました」
ユマの言葉を聞いて、狐型ロボットは目の前に立つ、黄金、青、ピンクの3色のトーガに包まれた妖精たちを、一人ひとりその姿を見てから最後に3人を守るように後方に立つ、紅いマントを被ったひときわ大きな男を見ながら、ワイナピチュの月の神殿の巫女の前へ進んだ。
「わたしたちを目的地へ導くために神の子たちがここへ来たというのか、では目的地はどこにあるのか知っているのだな、それは何処にあるのだ?言ってみたまえ」
「あなたの目的地はニュー・ザワンにあるのですね、そして中継地である地球に向かっているのではありませんか、私たちは地球まで安全に誘導することが出来ます」
そしてロミが会話に入り込んできた。
「ねえキツネさん――あなたいま、私たちって言ったわね」
灰色狐はロミに眼を向けた。
「確かに、今わたしはそう言った」
「この宇宙船の中に、あなたの他に誰がいるのかしら」
灰色狐は前足を持ち上げ、2本脚となって立ち上がった。
「君は聖少女と呼ばれている地球の人だね、率直でよろしい。後で紹介しようと思っていたのだが、おかげで手間が省けるよ、ロミ」
狐型ロボットは人型に変身し、大型のアンドロイドとなって、長い腕を左右に広げた。
すると、同じようなアンドロイドが床の中から湧き出てきて、ロミたちの周囲を取り囲んだ。
「君たちの中に、神の子は一人しかいない、ユマ、君はわたしと同じ人工頭脳だ」
ユマは沈黙したまま、アンドロイドに向かって鋭い視線を放ち月の女神の祈りを発した。
「そしてミラクルマン、君も私と同じアンドロイドだろう、違うかね?」
ロミは怯むことも無く、ユマとファンションの手を繋ぎ、アンドロイドに言った。
「あなたの希望を聞かせて、私たちの目的は、あなたたちを安全に地球へ送ることです」
「希望だって?おかしなことを言う、我々アンドロイドに希望など有ると思うのか」
ロミたちを取り囲むアンドロイドは、じりじりと距離を縮めてきた。
ロミは心眼を開き、思念の翼を広げ周囲に愛と癒しのエンパシーを発したが、魂を持たないアンドロイドに、ロミのエンパシーは届かないのか、押しとどめることが出来ない。
「マリア、ドラゴンボウルの光を送るのだ」
フィニアンはグリーンのスーツ姿に変身し、トネリコの杖を構えた。
「万里生、ロボットにはメタル(金属音)を、ヘビーメタル(重金属音)を鳴らせ、大音量でな」
フィニアンはそう言うと、見えない馬車をつくり、一瞬にしてモノリスのフロアーに翔んだ。
次項Ⅳ-67に続く
(MEGITSUNEオフィシャル2014年)
