ロミとトニー・マックス、そして真梨花の三人が南極大陸に入ってから、ディーン大尉の操縦する大型雪上車の中で過ごしたのは、実はもう3日を経過していた。
今は南極にとっての夏にあり、沈むことのない太陽のせいで、彼らの日にちの感覚が少しずつ狂い始めていた。
もちろん太陽は天上に上ることはなく、同じように月も天空に上ることはない。水平線の少し上に二つの天体はぐるりと回っていた。それも、雲に覆われない時間だけ見ることができた。
真梨花は4日前に初めてテレポーテーションを経験し、そのダメージがまだ残っている。
「真梨花、この雪上車はかなりの速度で目的地を目指しているが、あとの3人が遭難した地点は英国隊の基地まで残り300㎞ぐらいのところ、逆に言えばわたしたちが出発した南極点からおよそ1000㎞もの距離がある」
真梨花の年の離れた兄トニー・マックスが優しく声をかけてくれた。
「到着までまだしばらくかかるだろう。できれば君も眠っておいたほうがいい」
「兄さん、私は若いのよ、見た目はロミ姉さんと変わらないけれど、年齢は半分よ」
「でも、ありがとう、兄さんも休んだ方がいいわ」
真梨花はトニーそっくりの美しい顔を、明るい笑顔にして応えた。
トニーと真梨花の従姉妹にあたるロミは、二人の会話を目を閉じたまま聞いていた。
操縦席の左右に座っているフィニアンとジェームスは、十分寝たりたような顔をして美しい兄妹たちに振り返った。
そしてアイルランドのいたずら妖精フィニアンは、真梨花に向かって言葉をかけた。
「お嬢さん、マックス卿のおっしゃる通りです。昨日のロミ様もおっしゃっていましたが、残る3人はなかなか手ごわいようです。昨日のお2人は生粋の軍人だから、勝敗が決まったらあっさり戦いの女神に従う勇気がありますが、あとの方々は少し複雑だ」
「どういう事?フィニアンさん」真梨花が聞き返した。
「おひとりは軍人でもサーの付く高貴なお方、お一人は教養あるお医者様で寄付金を払ってまでして遠征に参加している」
「そしてもう一人はわたしの大先輩、スコットランドの妖精一族出身のエリート軍人さんときている、ロミ様のお優しいやり方では時間がかかると思いますよ、いえ、もちろんロミ様だから哀しき魂の人たちも、安心してこの世の呪縛から離れることができるのですがね」
話し終わるとフィニアンは、背広の内ポケットから櫛を取り出し赤い髪を撫でた。
真梨花は最後列で静かに眠っているロミを見た。
三嶺の山荘で初めて会ったときと比べ、たった3か月でずいぶんと大人っぽくなったロミの寝姿を見ながら、ロミ姉さんは一体何を考えているのだろうかと彼女は思った。
すると、眠っていたロミは瞼を開き、真梨花を見返した。
「真梨花、こっちへいらっしゃい」ロミは優しい笑みを浮かべて言った。
背もたれを立てて、上体を起こしたロミの隣に真梨花は移動して
「ロミ姉さん起きていたの?」
そう言ってロミの隣の席に座った。
「もう十分眠ったわ、元気百倍よ」
ロミはそう言って、真梨花の肩を優しく包んだ。
「今ね、ミドリと話していたの」
そしてロミは思念を使って真梨花に語った。
――ミドリの話では、真梨花が眠れないのは、次の戦いのために南極大陸を中心に、もう多くの精霊たちがざわめき始めているせいだと言っていたわ。
――ガーティーと同じく精霊たちに愛される真梨花は、そのざわめきにエネルギーを与えられて、疲れを知らずにいるということらしいの。
――でもね、私もそうだけど、解放のエネルギーを使ったあとに、いっぺんにダメージがくるの、だから今は少しでも、たとえ眠れなくとも心落ち着けて、瞼を閉じているといいわ。
目を閉じた真梨花に、ロミの静かな思念は語り続けた。
――この凍り付いた大地にも、大昔、遥かかなたの時代には、暖かな太陽の日差しが届いていて、地上には花が咲き動物たちが活動していたのよ。
――そして人間の子供たちが笑顔で遊ぶ楽園だったかもしれないわ。
――これから私たちが向かう土地にも、その楽園に育った記憶をもつ精霊たちの大地が眠っているのよ、それまでゆっくりと休みましょう。
――いい?真梨花。
ロミの癒しのエンパシーに包まれて真梨花は、
いつの間にか静かな寝息を立て始めていた。
次項Ⅱ-15に続く
