ロミと妖精たちの物語253 Ⅴ-51 死と乙女㊶ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

 

ケージローが用事を思い出し、実はメグミの思念が誘導したのだが、医局へ行ってくると言って部屋を出た、メグミはマリアの眠るベッドに歩み寄り、跪(ひざまず)くようにしてマリアの顔を見つめた。

 

17才の聖少女マリア、遠い宇宙の彼方に在るザ・ワンの血脈を守る少女、透き通るような白い肌の病弱な身体にも拘わらず、あの強靭な精神力(パワー)はいったい何処からくるのだろうか。

 

南向きの病室の窓には、遠い赤道の向こうから柔らかな日差しが届いている。ブロンドの髪に日差しは温かく、マリアの頬には薄っすらと紅を差したように血色が戻っている。

 

――東国の巫女の孫姫メグミさん、私の話を聞いてくれますか。

 

マリアの思念の言葉を受け取り、メグミは固唾を呑むように、青い目を大きく開いて頷いた。

「どうぞ仰ってください、マリア」

 

――私は神の使者の言葉を受け取り、その言葉を必要とする人に伝えます。

――それは大抵悲しみを背負い、この世に束縛されてしまった人々、亡霊ともいいます。

――また、生きている人々にも、ある種の警告を与えます、それが預言者という者です。

 

――でも、私自身のことは分かりません、神を実際に見たことも無く、その言葉を直接聞いたことも有りません、ただ使者からメッセージを受け取るだけなのです。

――そして私には、人の運命を変える資格も力も有りません。

 

――今回のことで、あなたのお父様とお兄様を失ったこと、私の預言者としての限界をあらためて知りました。あなたには申し訳ない事をしたと思っています、ごめんなさいメグミさん。

 

「何を言うのですマリア、あなたは人類を滅亡から救い、私の命も守ってくれたのですよ」

 

――もとはと言えば、メグミさん、あなたの占いを見て巫女様が見通したことなのです。そして、ケーイチローさんが探求してきた災いの壺の封印が解けてしまうという警告を、私が受け取ったことから始まりました。その二つの事象をお母さま(メーヴ女王)が一つに繋げてくださったのです。

 

 

――ところが、もう私にはお母さまのメッセージが聞こえなくなりました。

――きっと預言者としての力を失ってしまったのでしょう。

――残念ですが、あなたの還る道は塞がれてしまいました。

 

「私たちが通って来た、時空を超えるトンネルが、消えてしまったというのですか」

 

――そうです、もう私にはその力(エンパシー)が無いのです。

 

「一緒に来たお祖母さまはどうしたのでしょう、私の中からいなくなりました」

 

――あなたのお祖母さま、巫女様の魂は、地下の会堂から元の場所へ戻られましたが、私をここへ戻すために、あなたはそのままベルリンに残されたのです。

――あなたは実体のままでこちらに来ましたので、あのワームホールがなければ、元の洞窟へ戻ることができません。

 

「そうですか、きっとお祖母さまは、ここで私に何か出来ることを与えようと思っているのかしら」

 

――メグミさん、あなたは強いのね。

 

「マリア、私をあなたのお家で住まわせてもらえるかしら?」

 

――もちろんですとも、嬉しいわメグミ、私はあなたを、そしてケージを愛しているのよ。

――メグミお願いが有ります、私のために、私の唇にキスをしてください。

 

マリアの言葉を聞いて、メグミは胸がときめくような気がした。

そうか、私の中にはまだケージの心がいるのね。

 

十字架に磔となったとき、ケージは心のイドの全てをマリアに捧げていたことを思い出し、メグミは彼の思いを伝えてあげようと思った。

 

ゆっくりと顔を近づけ、目を閉じているマリアの白い顔を見つめた。

そして、メグミ自身にとっても生まれて初めてのキスを、マリアの柔らかな唇にした。それは肉体を失ったケージのためであり、それは自分のためでもあると思った。

 

西に落ちて行く太陽の、窓から差し込む柔らかな光に包まれて、そしてメグミの柔らかで強靭な腕に抱かれて、マリアはゆっくりと、その瞼を開いていった。

 

 

 

 

医局での用事を済ませて戻って来たケージローは、そっと個室のドアをノックした。

 

だが部屋の中から返事はなく、もう一度ドアをたたいてみが、やはり部屋の中は静かなまま、ケージローは訝し気に首をひねりながら、個室のドアを開いた。そして部屋の中には誰も居なかった。ベッドの横に置かれた点滴装置も、排尿用カテーテルも外されて、そこにきちんと折りたたまれている。

 

彼はキツネに摘ままれたように、少しの間戸惑っていたが、気を取り直して部屋をかたずけると、医療セットをナースルームに戻し、個室の鍵を保安室に返して自分のアパートへと帰った。

 

 

それから3週間ばかり経ったある日の午後、いつものようにグランデンブルク門の前の広場を歩いていると、黒塗りの大きな乗用車が彼の横に並び、運転席から声を掛ける者がいた。

 

「待ちたまえ、君はケージロー・エジマさんだね」

「そうですが、あなたは?」

「僕はエイリッヒ・フォン・マックス、君の妹の雇い主だ、乗りたまえ」

 

大寒波が襲う暗いベルリンの空の下からメルセデスに乗り込むと、車内はとても暖かだった。音楽は程よい音量で弦楽四重奏を流していた。マックス氏はクルマを発進させながら言った。

「僕の妹がお世話になったようだが、礼を言うよ」

「いえ、新年のお祭り騒ぎでお疲れの白雪姫を、シャリテの宮殿まで運んだだけです」

 

「面白い男だな、君は医学を学んでいるそうだな、メグミから聞いたよ」

「メグミはお姫様と一緒に、僕の前から消えてしまいましたが、今どこにいるのでしょう」

 

黒塗りのメルセデスは旧西ベルリンを進み、やがて緑の森と呼ばれる高級住宅街を越えて、静かな湖畔に面した高台に入り、まるで中世のお城のような建物の門を潜った。

 

大きな邸宅の屋根付きの車寄せに停車すると、マックス氏はケージローの前に立って、玄関のドアノッカーを叩いた。彼はケージローと同じくらいに長身だが、スマートな貴族的な容姿だった。

 

やがて中から錠を解く音が聞こえ、重厚なドアが開いてゆくと、そこには黒い制服の上に真っ白なエプロンを掛けた、たった一度だけだが、見覚えのあるブロンドの女性が姿を現した。

 

次項Ⅴ-52に続く

 

 

 

 

 

Moa Dance  Kagerou

 

動画・写真ともお借りしてきました。