インカ・ワイナピチュの月の神殿の礼拝ドームから、神に出会えず取り残されていた悲しき魂たちを救済するために、ロミとマリアが構築した天国へと昇る階段が、その役目を終えると、陽炎のように空気の中に溶けて消えていった。
冬至の光と共に降臨した、精神文明ザ・ワンと旧世界インカの文明を繋ぐ、新たなる女神となったユマは、先にザ・ワンの使者となっていたユリアに、その優美な腕を引かれて、祭壇の上に設置された、魂の象徴を現す偶像に近づいていった。
偶像の前に姿を現した、アイルランドの妖精の女王であり、ザ・ワンから来た神の使者でもある、ユリアとマリアの母メーヴ女王のその白き腕(かいな)の中に、ユマは抱かれて身を委ね、まるで定められた運命に従う幻影のように、女王の腕の中からユマの姿は消えてしまった。
驚いて声を上げそうになったロミに、メーヴ女王は手を差し伸べてきた。
そして、手を合わせて見つめているロミとマリアを、その白き腕の中に包んだ。
自身の母マリアと重ねて敬愛する、メーヴ女王の豊かな乳房に頬を寄せ、ロミは尋ねた。
「お母さま、ユマはどうしたのでしょうか」
メーヴ女王は二人に微笑みを与えて応えた。
「ご覧なさいロミ、先ほど洗礼を受けた新しい女神は、神の使者となって、あの中にいます」
女王の言葉を聞いて、その視線の先を見上げると、祭壇の上の偶像はいつの間にかリアルな像となり、それはユマの姿に変わっていた。
女王は、腕の中の二人を偶像に向き合わせた。そして、愛の妖精ファンションの小さな身体も引き寄せて、三人を背後から抱き包みながら言葉を続けた。
「ロミ、あなたが救済主となってアンドロメダを必要とするときに、ハンプトンコート宮殿の守護像の一人、ユニコーンの中に眠っていたユリアが覚醒して、あなたの力となりましたね」
ロミは女王の言葉に頷き、あらためて女神像を見上げた。
女神像はカトリックの教会に飾られているマリア像のように、口元に微かな笑みを浮かべ、下げた両手を前に広げ、礼拝者を静かに見おろし、慈しむような優しい眼差しを向けている。
「ユマは、新たなる女神ユマーマとなり、信仰する人々を見守り、人々の良き心を映すのです」
メーヴ女王は静かに両手を離し、ロミと妖精たちから後ろへと離れた。
「そして、必要としている悲しき人あらば、そこへ行き、良き道へと導くことでしょう」
ロミと妖精たちは、あらためて女神ユマーマ像の前に跪き、首(こうべ)を垂れて祈りを捧げた。
インカとザ・ワン、二つの文明が重なり合うように、月の神殿に現れた女神ユマーマは、この地の人々と、アンドロイドや人工知能の魂たちにとって、愛と癒しの光の道を映し出してゆく。
(「光る道」中元すず香9才)
祈りを終えて瞳を開くと、そこにはロミと妖精たちの三人だけがいた。
「あらっ、お母さまとユリアがいないわ」
すると、マリアがロミの手を取り、不思議そうに見返すロミに向かって言った。
「ロミ、お母さまたちはもう、ニューザ・ワンに行ってしまわれたのよ」
「では、もう私たちは会えないの?」
マリアの言葉に、ロミの声は儚げに、小さくなって消えてしまった。
でも、そこに、ロミの哀しみを抱き包むようにして、メーヴ女王の思念の声が届いた。
――ロミ、驚かせてごめんなさい、私たちは既にニューザ・ワンに来ています。
「えっ、お二人はニューザ・ワンから、わざわざ来られたのですか」
――あなたとユリア、二人が力を合わせてロミ・アンドロメダとなり、悪鬼に囚われていた銀河ワームを自由に解放してくれたおかげで、ニューザ・ワンと地球の距離は、今では容易に移動できるようになりました。
――たとえ200万光年の距離に有ろうとも、コミュニケーションは出来るのです。ただし、瞬時に実体として行き来するのはなかなか難しいかもしれません。でも、ユリアの修行が進んでゆけば、いつかアンドロメダとなって、あなたと協力できるようになるでしょう。
「お母さま、私たちは大丈夫です、どうかニューザ・ワンで、いつまでもお元気でいてください」
――ありがとうロミ、これからも、マリアとファンションと、そして妖精と精霊に守られて、あなたの信じる道をお進みなさい。そして、地球に残っている悲しき魂たちがいたら、そのときは、あなたの愛と癒しのエンパシーの力で、神の国へ導いてあげなさい。
――ロミ、マリア、私がお母さまのお手伝いをしてゆきます、安心してね。機会が訪れたら、またあなた達の元へも参ります。
――ロミ、マリア、ファンション、どうかお元気でね。
ロミと妖精たちは、強い思念の翼を開き、心の声をニューザ・ワンに向けて送った。
――ありがとう、お母さま、ユリア、私たちはいつも、神と精霊と共にあることを信じています。
次項Ⅳ-88へつづく
