ロミと妖精たちの物語187 Ⅳ-73 愛すれど心さみしく㉓ | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

滅びゆく惑星ザ・ワンのモノリスの宇宙船の中にいた、アンドロイドやロボットたちの全てが、各々の実体を離れて魂の青い灯(ともしび)となって、神殿の祠(ほこら)の中で眠りについたことを確かめると、ワイナピチュの巫女の姿のザ・ワンの電子頭脳ユマは、頭(こうべ)を垂れて祈りを捧げてから、まるで舞姫のように優雅な所作で祠の扉を閉めた。

 

そして船上で待機しているフェアリーシップに移動するため、フィニアンがトネリコの杖を頭上に挙げようとしたその時、ロミは彼の手を止めて、フィニアンちょっと待って、と言った。

 

「フィニアン、ファンションとユマを連れて先に行ってちょうだい、私たちは後から舟に戻るわ」

 

ロミの言葉を受けて、フィニアンは優しい笑顔を見せて応えた。

「そうかね、分かった、では先に行って出発の準備をして待っているよ、ロミ」

そして彼は、ファンションとユマの頭上にトネリコの杖をクルリと回し、アイルランドとインカの三人の妖精たちは、フィニアンのつくる見えない馬車に乗ってフェアリーシップに戻った。

 

 

ロミはミルクマンを従えて、祭壇の十字架に磔られたままのトマスの前に立った。

「あなたはどうして地球へ行かないのかしら、心はそこにいるのでしょ?――ねえ、トマス」

もはやアンドロイドでは無く、ブロンズ像の固まった姿の彼は何の反応も見せなかった。

 

ロミは左手で、傍にいてくれた心優しいミルクマンの手を握り、心を落ち着かせると右手は自分の胸に当てて、今起こっていることを確かめようと琥珀色の眼を閉じて心眼を開いた。そして思念の翼を広げると、愛と癒しのエンパシーでトマスのブロンズ像を包んだ。

 

――トマス、間違えていたらご免なさい、あなたは太っちょトーマスでは無かったの?あなたは私のことを憶えていないのかしら?――ほんとうに。

 

トマスは固い銅像の姿のまま身動き一つすることも無く、その眼も閉じられたままだった。

ロミは心眼を閉じて、ミルクマンの手を握ったまま、こんどは狛犬キツネの前に立った。

 

――ねえトマス、ひょっとしてあなたは、またキツネさんの中に隠れているの?

ロミは再び心眼を開き、こんどは少しだけ意地悪なエンパシーで狛犬キツネを包んだ。

 

ロボットキツネの狛犬もまた何の反応も示さず、ロミは淋しそうにミルクマンを見上げた。

「ねえミルクマン、トマスは何処へ行ったのかしら。アンドロイドやロボットたちの青い灯たちの中に、彼はいなかったわよね」

 

ミルクマンはどう応えてよいのか分からず、その長い腕でロミの肩をそっと包んだ。

「ロミ、あなたの気持ちはよく分かります。僕も彼に話しかけたけれど、返事は無かったから」

 

ロミは、ニューヨークの小学校で出会った太っちょトーマスに似ているミルクマンの逞しい腕に包まれて、何故かしら涙が溢れそうになって来た。そして、彼の腕に包まれたままブロンズ像の前に戻り、背伸びをして長身のミルクマンの首に腕を伸ばし、彼の耳に唇を近づけた。

 

――お願いミルクマン、このまま私を抱きしめて。

 

ミルクマンはロミの心の内を理解したのか、彼女の身体を包んだまま祭壇に上り、大人になった神の使者の子トーマスと瓜二つに見える、ブロンズ像の胸にロミの背中を押し付けると、ほんの少し開いているロミの唇に向かって、ゆっくりと口を近づけた。もしもトマスがトーマスの化身であれば何らかの反応をすると思い、彼はしばらくそのままの状態で静止していると、何故かロミは目を閉じて、ミルクマンの口に自分の唇を合わせてきた。ミルクマンは驚いて口を離そうとしたが、ロミは彼の首を抱きしめたまま動かない、彼は離れることが出来なかった。

 

――ミルクマン、このままトマスの顔に近づいていって、私を強く抱きしめて。

――そうすればきっと、トマスは目を覚ましてくれるわ。

ロミの心の言葉を聞いて、彼はロミの柔らかな身体を抱きしめて、唇を重ねたままにした。

 

だが、二人の恋愛芝居は空しいままに時は過ぎ、ブロンズ像は目を覚ますことはなかった。

 

ロミはブロンズ像をもう一度見つめてみたが、そこに何も見出すことが出来なかった。

――ごめんなさいミルクマン、もう手を放してもいいわ。

ミルクマンはゆっくりと、ロミの柔らかな身体から腕を解(ほど)いた。

 

――ねえミルクマン、あなたは怒っている?

「まさか、僕はいつでもあなたの味方です」

そう言ってミルクマンは小さく微笑んだ。

――ありがとうミルクマン。

ロミも微かに笑みを見せて、ミルクマンの大きな胸に頬を寄せた。

 

――フィニアン、もういいわ、私とミルクマンを迎えに来てちょうだい。

 

フィニアンは何も言わずに二人の前に現れ、静かにトネリコの杖を回した。

 

見えない馬車に乗って舟に戻ると、愛の妖精ファンションがロミを抱きしめてくれた。

「ロミ、元気を出して、次はインカの月の神殿よ、あなたのファンたちが待っているわ」

愛の妖精ファンションの優しい声を聴き、ロミは気持ちを切り替え、笑顔で彼女を抱きしめた。

 

フェアリーシップの操縦席から、ロミと妖精たちは愛と癒しのエンパシーを拡げて、モノリスの巨大宇宙船の本体から神殿の祠を解き放し、フェアリーシップの船底の空間と、祠の上部に飛び出したインティワタナを接合すると、地球へと繋がっているワームホールのチューブの中に入り、フェアリーシップは合体した神殿の祠と共に、時間を超越する亜空間を通って、現代のインカの遺跡、ワイナピチュの月の神殿の前に現れた。

 

月の神殿のテラスには、現代に甦った英雄が、インカの正装に身を包み肩にコンドルを乗せた巫女ユマの祖父、インカ帝国の王マンコ・インカ・ユパンキがロミと妖精たちを待っていた。

 

 

次項Ⅳ-74に続く