フィニアンの話を聞いて、博士は子供の頃のことを思い出していた。
「まったく驚いたね、ミルクマン、きみはあの奇跡の男、ミラクルマンだったのかね」
身振り手振りを交えて話す博士にたいして、ミルクマンはいつものように静かに答えた。
「いいえ博士、あれはあくまで誤張されたつくり話に過ぎません」
「だってきみを呼び出したのは、あの隕石を投げ飛ばすためではないのかね、あのテレビでやっていた”ミルクを飲んで鐘を鳴らしてミラクルマンになろう”ってCMがあったはず・だがね、子供の時見ていたよ、ロミのお爺ちゃんの時代は、きみをスーパーマンと呼んでいたらしいの・だがね」
「パパ、もうつまらないジョークはやめてちょうだい、ぜんぜん笑えないわ」
緊張して張り詰めた室内を和ませる博士の言葉も、ロミは、なんとなく場違いに思えたのだ。
ロミに諭されて、博士はにやついた笑顔を止めた。
「いや悪かった、少しばかり興奮しすぎたよう・だがね、ロミ」
博士はもう一度だけ駄洒落を言って、顔を引き締め、あらためて質問をした。
「それでフィニアンさん、あの隕石は地球に向かってくるのでしょうか」
「どうもそのようですな博士。万里生(まりお)、きみからユマからの情報を説明してくれないか」
万里生はユマの操縦席にあったトリムメットと同じ、移動用の小型トリムメットを装着した。
頭部を覆うようにして載せたトリムメットから、万里生は無線ランを操作して、ユマの本体とスクリーンとを繋ぎ、それぞれを万里生の思念の力で調整しながら、みんなに説明を始めた。
「それでは映像をご覧ください」
スクリーンには紅い月が爆発した後、火炎に包まれていた隕石の炎は突然消え、長方形でゴツゴツとした表面の黒い岩石の塊りが姿を現していた。
宇宙空間では比較するものがないが、その塊りは巨大な航空母艦を思わせるような、重々しい質量を感じさせている。
「この物体は、先ほど見た小惑星が爆発することによってつくられた隕石です」
「アイルランドがすっぽり入るほどの、巨大な小惑星の中に閉じ込められていたメタンなどのガスが、何かの圧力によって爆発し、表面に付着していた氷が溶け、気体となって蒸発しために酸素が発生し、その酸素が誘発して火炎が出来たようです」
「その酸素も燃え尽きて、今は炎もおさまっていますが、一旦この地球の大気に触れれば再び爆発を起こし、地球の表面を覆うほどの水蒸気を発生させるものと予想されます」
「ということは、あの恐竜絶滅の時代のように、厚い雲に覆われて太陽光線を遮り、地球表面の全体が寒冷化してしまうという、超氷河期を招くことになるの・かね」
「そうです、爆発による損害はもちろん膨大なものですが、それは一定の範囲で終わります。しかし、そこから続く超氷河期こそ人類の、いやあらゆる生物の生存を脅かすものとなります」
「それは大変だ、それはいつ頃この地上に襲い掛かってくるのかね」
博士の質問に対して、スクリーンには太陽系の惑星間のイラストが映し出され、画面は徐々に接近拡大してゆき、やがて小惑星が周回する宇宙空域は、実写映像に切り替わった。
「先ほどの爆発地点は、地球から2億5千万キロほどにあるアステロイドベルト、いわゆる小惑星帯周辺であることがユマの観測記録から計測されました。隕石は時速20万キロのスピードで地球と月の圏内に向かっています」
「時速20万キロだって?信じられない速さだ」
「ねえ万里生」
「なに?ロミ姉さん」
「それで結局あの隕石は、いつ頃地球に到着するのかしら」
「ユマの試算では50日後ということになっています」
「それを聞きたかっただけなのよ、それで、どうするの・だがね」
「あらいやだわ、パパの駄洒落が移ってしまった・だがね」
「ロミ、大丈夫?」マリアが心配して言った。
ロミもファンションが入れてくれた妖精水をゴクンと飲んで、心を落ち着かせた。
「50日後って、それは月の神殿に女神が現れる日よね」
「だいたい34日後に火星に接近します」
「34日後?」
「そうです、そして火星の引力に引きつけられたあと、遠心力が働いて更に加速する可能性がありますので単純にそれから16日後というのは、ある意味遅くとも、ということになります」
「みなさん、話はまだまだ続きそうね」
ジェーンが取り皿にみんなのために料理を盛ってくれていた。
「そうだね、みなさん食事をしながらお話しません・だがね」
博士がみんなに食事を勧め、ジェーンはブイヤベースの電熱加減を調節した。
「博士、このサーモンは博士がスモークされたのですか」
「ええフィニアンさん、テニスクラブの友人から桜のチップを分けてもらい、2日かけて燻製しました、サーモンはカナダの友人からお土産に頂いたものです」
「おお桜チップでね、うん美味しいですな、アイルランドのスモークサーモンに負けません」
みんなそれぞれに料理を取り、食べながら万里生の話を聞き始めた。
「火星から地球までの距離が大体8千万キロぐらいですので、スピードが変わらなければ16日で到達しますから合計50日と見積もりましたが、先ほど言いましたように、火星の引力によるスイングバイ現象で加速されることを考慮すれば、それより早くなります」
万里生はトリムメットを頭から外し、ジェーンが取り皿に入れてくれたブイヤベースを口に入れると、香辛料とサフランの味と香りがしみ込んだ魚貝に舌鼓を打ち、ニッコリと微笑んだ。
「博士、こんな美味しいものは初めてです」
「やあ、ありがとう万里生、嬉しいねどんどん食べてくれたまえ」
博士は万里生に食事を勧めたあと、カリフォルニア・ワインを冷えたグラスに注ぎ、そのひとつをミルクマンに手渡した。
「ミルクマンさん、この問題に対処する方法として、何かお考えはありますかな」
「博士、これは地球規模の危機です、ここだけで論ずるのではなく、まずはロバーツ長官にも相談をしましょう。いずれ、NASA及び月面基地の支援が必要になるかと思いますので」
「そうですな、ではさっそく、ミスター・ロバーツに連絡してみます」
するとロミが二人の間に入ってきた。
「パパ、今さっきミドりから連絡があったの、ロバーツさんとも打ち合わせ済みらしいわ、いまから万里生がこれからの事を説明するから、テニスの予定を聞くのだったらスマホはあとでね」
博士は耳に着けたモバイルをポケットにしまった。
「ふむ、その手があったか」
次項Ⅳ-55に続く
【2017年12月in広島アリーナ・死者への祈り、平和の祈り-NO REIN, NO RAINBOW-】
