三嶺の西側、高知県側の登山ルートの入山口の駐車場で、待っていた黒潮紅鯨団の男衆のリーダー龍馬くんと武市くんを乗せて、リムジンは登山道を上り始めていた。
「もの凄い雪ね、三嶺でこんなに積もった雪を見るのは初めてよ」
ヘッドライトに照らされた登山道は、昼間からの雪で、たぶん2メートル以上積もっているのではないかと、真梨花は思った。雪は今も、リムジンのフロントガラスに降り続いている。
若い兵士に変わって助手席に座り、道案内をしている龍馬くんが、2列目のシートに座っている黒潮紅鯨団の団長、真梨花に言った。
「そうなんですよ真梨花団長、ボクもこんな雪は初めてです。僕らが山頂の避難小屋を探し終えた時は、青空で太陽が眩しいくらいだったのに、マックス山荘に戻って広場に近づくと、大きなオオカミがデッキの上に座って、こちらを睨んでいたのです」
龍馬くんは前方の、ヘッドライトに照らし出された林道を見ながら続けた。
「そして立ち上がると、ゆっくりと僕らの方に向かってきたのです、轟くような唸り声をあげて、僕らは恐ろしくなって山荘の前から逃げたのですが、大きなオオカミの代わりに僕らを追うようにして、雪が降ってきたのです。それは猛吹雪であっという間に積もりました。でもこんな凄いキャタピラ―なら、山荘までは一気に登れますよ」
フォード少佐は流暢な日本語で、龍馬くんに山荘の状況を聞いた。
「最初に山荘に入った時に、隈なく探したと言っていましたが、2階の納戸の奥に秘密の部屋があるのはご存知でしたか?」
「えっ、それは知りません、そんな部屋が有ったのですか」
宏一が住居代わりに住み込んでいた頃、龍馬くんたちはしょっちゅう遊びに来ていたが、そんな部屋が有ることまでは知らなかった。
それは29年前に、マックス教授の行方を探しに来たロバーツが、真梨花たち三つ子をお腹に宿していた春美叔母さんを見つけた、あの部屋の事だと、ロミは思った。
「マックス山荘の入り口広場から、山荘のウッドデッキまでは確か花畑になっていてと思いますが、あなたはどこまで近付いて見たのですか、そしてあなたが見たニホンオオカミというのはウッドデッキの上にいたのですか?」
「はい、登山道から入った広場まで近付きました。もうそこからデッキの上に大きなオオカミがこちらを睨んでいるのが分かりましたから、そこで僕らは止まりました。そしてデッキの下にも、オオカミが2頭いたと思います」
「別のオオカミが2頭?龍馬くん、あなたはニホンオオカミを見たことがあるのですか」
「ストップ!プリーズ!」
龍馬くんは大きな声で言った。
「この正面は大きな岩に挟まれています、雪で埋もれて見えませんが、このまま行っては危険です。山側に登ってください」操縦士はフォード少佐の通訳に従った。
降りしきる雪の中、リムジンはゆっくりと迂回し、急こう配をガタガタと揺れながら進んだ。
「今走っている道は、雪が無ければ通れない道です。半日でこれ程積もる雪は見たこともありません。この尾根筋を超えれば、もうマックス山荘の広場に入ります」
操縦士は慎重に、キャタピラーを左右それぞれ回転させながら、ゆっくりと進めた。
「フォードさん、僕は医師です、動物についても割と詳しい方だと思っています」
「なるほど、失礼しました、ドクター龍馬」
フォード少佐は長い腕を回し、隣に座る龍馬くんの肩を包んだ。
その後ろの2列目の座席にいるフレッドとジムは、真梨花の通訳で、二人のやり取りを聞いていた。さらに後ろの席に座るマリアは、どうして自分の知らない日本語が聞き取れるのか不思議に思っていたが、たぶんロミを通して思念が届いているのだと思った。
そして最後部の席に座っている米軍の若い兵士には、高校で英語の教師をしている武市くんが説明をしていた。リムジンに載る11人の前に、マックス山荘が見えてきた。
リムジンが停車すると、前進を阻んでいた吹雪は治まり、防寒具に身を包んだロミとマリア、そしてマリオが雪上に下りると、雲の切れ間から月の光が差し込んできた。
――真梨花、フレッド、そしてフォードさん、あなたたちはまだリムジンから出ないで。
ロミの思念の言葉が聞こえて、フォード少佐は車内に残った一人ひとりの様子を伺った。
真梨花を中心に龍馬くんと武市くん、そしてフレッドのそれぞれの表情を確かめた。
白銀に輝くマックス山荘の前には、巨大なニホンオオカミがロミたちを待っていた。
愛と癒しのエンパシーチームは、ロミを中心に、マリアとマリオが脇を固めトリニティーを作り、巨大なオオカミと2頭のオオカミの正面に立ち、相手の位置と距離を確かめると、ロミは目を閉じて黄金色の輝く心眼を開いた。
そして、山荘の前で立ちすくむオオカミの姿をしたドラゴンたちを見据えた。
次項 Ⅲ-39 Amore愛の行方⑤に続く


