暗黒の迷宮に這入り込んだマリアたちは、残された僅かな時間の中で悲しき魂たちを見つけることが出来るのだろうか。
ユニコーン・ユリアは真っ暗な闇の中をギャロップ(並脚)で進んでいる。手綱を握るキャサリンは心眼を開いても、ユリアから伝わる視界は闇の中だった。
前に座るマリアの鞍に固定したドラゴンボウルも、まだ何の反応も示していない。
地上に還るまで3時間という門限を考えると、このギャロップも長すぎる、時間の浪費ではないかとキャサリンは迷い、思わず手綱を引いてしまった。ロミと同じ57才とはいえ、乗馬と格闘技で鍛えた駐英アメリカ大使キャサリンの腕力は強く、轡を引かれたユリアは首を反らせて立ち止った。
前を見ても後ろを見ても、そこは闇の世界だった。
「ごめんなさいユリア、そんなに強く抑えるつもりでは無かったのよ」
キャサリンは慌ててユリアの背腹を優しく撫で叩いた。
「いいえキャサリン、あなたは正しかったわ」
ユリアは目の前に落ちている断崖絶壁を視界に入れ、背中に座る二人に見せた。
「私たちは、闇の迷路を走っていただけではないみたいよ」
ユリアは長い角の生えた頭をぐるりと回した。
「ここは時間さえも迷宮、スフィンクスの叔父さまが言った3時間は、きっと地上の世界の話だと思うの。マリア、今が何時なのか神の子マリアにその答えはあるのかしら?」
「ユリア、あなたの推理は正しいと思う。この迷宮は時間さえも超えているみたいね」
マリアはユニコーン・ユリアの背中から下りて、ドラゴンボウルを手のひらに乗せた。
そして、ボウルを頭上に挙げ、心眼を球体の中心に当てた。
「ユリア、もう元の姿に戻っても大丈夫よ」
マリアは上を見たまま言った。
言われて戸惑いながらも、ユリアは元の人間の姿に戻った。
ドラゴンボウルが微かな明かりを灯してユリアはしなやかな褐色の肢体に戻ると、両手を上げて大きく伸びをした。そしてその様子を見ていたキャサリンは目を丸くして言った。
「まあ、どういう事なの、ユリア、あなた人間だったの?それも7フィートの巨人、まるでマリアと同じね、あなたもメーヴ女王の娘なの、それとも宇宙人?」
「キャサリン、驚かせてごめんなさい。私自身自分のことがよく分からないのよ」
ユリアは自分の肉体を確かめるように、身体を折り曲げてつま先から脛をなぞり、太腿をさすり、腹筋から胸筋、そして両肩を握り首筋を確かめ、両手で頬を抑えて軽く叩いた。
「長い間ユニコーンの銅像でいたから、自分でも何が本物なのか、分からなくなっていたの。マリア、来てくれてありがとう」
そう言ってユリアは、マリアの頬にお返しのキスをした。
マリアは球体を片手で握り直し、空いた腕でユリアを抱いた。
「ほらね、言ったとおりでしょ、やっぱりあなたは美人だわユリア」
「キャサリン、ほんとうに私は覚えてないの、今自分の身体を確かめて驚いているのよ」
「そう?私の推理では、ユリアもマリアと同じ血筋にあると思うわ。あなたたちは私が知っている科学の常識ではあり得ない、千年を超えて生き続けても少女のままでいる、そして迷宮を彷徨っているというのに笑顔で抱き合っている、まるで時をかける少女と言ったところね」
キャサリンは参ったというふうにして、マリアとユリアの抱擁に加わった。
「キャサリン、あなたの言う通りかもしれないわ、ドラゴンボウルの渦巻きは先ほどとは逆に回り始めている」
マリアは二人に見えるように、三人がトライアングルになる頂点の位置に球体を掲げた。
「私はロミ姉さんと一緒に銀河を超える旅をしたわ、そこでは途方もない距離と時間が世界を隔てているはずなのに、私たちは5日間で駆け回り、多くの人たちと出会い多くのことを成し遂げたのよ」
「もちろん神様の使者がいて、時間を超えるワームがあって出来たことではあると思うけれど、でも、その途方もない時間と距離は、ある意味相対的な事象だと思うの。たとえばこの迷宮も広いと思えば果てしなく広く、狭いと思えばとても狭い、実は小さな世界なのかもしれないわ」
マリアはボウルを持ったまま、その場でくるりとターンした。
キャサリンは科学的な見解を話そうと思ったが、この二人のお姫様、あるいは宇宙人の前では意味のあることではないと考えて、話すのはやめた。
「そうね、慌てて走り回るのはやめましょう。時間にも距離にも捉われないで、ここで待ちましょう、女の子たちをさらったドラゴンが、私たちに会いたくなるまで」
次項 Ⅲ-19 心の旅路⑤に続く

