マリアたちが妖精の翼に乗って到着したところは、ハンプトンコート宮殿の中庭では無く、宮殿の東側に広がる庭園を見渡すイーストファサードの芝生広場だった。
そしてそこに待ち構えているのは、門の上に飾られている銅像よりも遥かに大きな、まるでスフィンクスのように見える巨大なライオン、イングランドのドラゴンだった。
7人はロンドン塔のタワーグリーンで形成した陣形のまま、巨大なライオン・スフィンクスに対峙した。陣形の左右両翼を守るフィニアンとオーツ大佐は、それぞれにトネリコの杖とサーベルを使って、五芒星形の5人を守るシールドを構築した。
シールドのフロントに構える、本来の7フィートの巨人となったマリアは、ドラゴンボウルを胸の高さに置き、思念のエンパシーをスフィンクスに送った。
スフィンクスは、マリアのエンパシーを受け取ると、大きく口を開け、ハンプトンコートの広大な庭園に轟き渉る雷鳴のような咆哮を上げた。
すると闇の中に、スコットランドのユニコーンとウエールズのドラゴンがスフィンクスの左右に姿を現し、3体の巨大なドラゴンが横に並び、マリアを守るペンタゴンの前に対峙した。
マリアは目を閉じて心眼を開き、ドラゴンボウルを目の高さに掲げると、球体の中心を通して、スフィンクスたちに向けてバラ色の光線を浴びせた。そして彼らドラゴンたちを包含するほどの、巨大な思念の翼を広げた。
マリアの左右を守る、イングランドの王女メアリーと日本の八百万ヤオロズ神の使者真梨花は、ハンプトンコートの広大な敷地に眠る精霊たちを目覚めさせ、マリアの思念の翼に招いた。
真梨花の後方、五芒星形の底辺で祈りを捧げているフレッドは、巨大なスフィンクスを見て、砂漠でロミにひれ伏し銀の笛を捧げたスフィンクスを思い出し、少しだけホッとしていた。
未明の闇に浮かぶ巨大なドラゴンたちを、愛と癒しのバラ色のエンパシーが包んでゆく。
そしてスフィンクスが語りだした。
――おおマリア、愛と癒しの聖少女ロミ・アンドロメダの妹マリア、銀河を超えてこの地上に降り立ったメーヴ女王の子マリア、待っていたのだ、神に選ばれし第三の使者マリア、あなたを。
(マリアは心眼のままでその言葉を聞き、無心に受け入れた)
――そして我が主にしてこの庭の王女メアリー、無事のご帰還、我々一同心より歓迎致します。
(メアリーはその声を聴いて瞳を潤ませた。子供の時からずっとインスピレーションを与えてくれたあの声は、イングランドのドラゴン、あなただったのねと心の中で驚き、感謝をした)
――フィニアン、あなたの娘たちは、4人のスコットランドの妖精たちと共に、この迷路園の中に囚われています。この迷路園は、世に知られている太陽の迷路の下に、冥界へと繋がると言われる闇の迷路が隠されています。
――その、闇の迷路のどこかに邪悪なドラゴンが隠れ、あの6人の少女たちを鎖に繋いでしまったのです。
――闇の迷路の入り口は、年に一度、元旦の夜の間だけ開いております。今は午前3時、あと3時間でその入り口は閉ざされ、また1年の間、中へ入ることは出来なくなります。
――そして迷路を案内できるのは、このスコットランドのユニコーンだけです。
――ただし、この背に乗れるのは2人だけです。
「偉大なるスフィンクス様、その役はわたしが努めます」フィニアンは声を出して言った。
――フィニアン、気持ちはよく分かりますが、迷路に入れるのは女性だけです。そして資格があるのは、聖少女マリアとキャサリン・ケネディ・ロバーツさんのお二人だけです。
――さあ、時は待ってくれません、お二人とも、ユニコーンにお乗りください。
スコットランドのドラゴン、ユニコーンはマリアの前に出て脚をまげて腰を落とした。
「私は馬にも乗ったことがないけど、ユニコーンの叔父様、お願いね」
――マリア、私は女です。どうぞユリアと呼んでください。
「ごめんなさいユリア、そう言えば、あなたはとっても美人ね」
マリアはユリアの頬にキスをしたあと、テレビジョンで見たことが有る、西部劇のヒロイン、アニ―・オークレーを真似てユリアの背中に跨った。
「マリア、私はこれでも乗馬大回転のアメリカ代表よ。ユリア行くわよ」
覚悟を決めたキャサリンはそう言うと、6フィートの長身をマリアの背後に軽々と躍らせた。
手綱はタンデム後方のキャサリンが握り、マリアは5フィート3インチに戻り、キャサリンの視界を開けた。マリアはドラゴンボウルを鞍のバックルに固定し、ユリアに身を任せた。
――メアリー、真梨花、フレッド、ドラゴンボウルにエンパシーを送ってね。
――フィニアン、オーツさん、あなたたちもそこからシールドを守ってください。
3人の前方には深い霧が立ち込め、迷路園は闇の中、何も見えなかった。
キャサリンも目を閉じると、マリアのエンパシーを感じて、初めて心眼を開くことができた。
ドラゴンボウルの中心に光の粒が渦巻き始めると、ユリアの視線が二人にも見え始めた。
そしてそこに、深い霧の間にぽっかりとあいた暗黒の空間が見えた。
ユリアは、マリアとキャサリンに合図を送ると、深く腰を落として身構え、暗黒の空間に向かって大きくジャンプした。
次項 Ⅲ-17へ続く



