松尾スズキの「もう『はい』としか言えない」を読んだ! | とんとん・にっき

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松尾スズキの「もう『はい』としか言えない」(文藝春秋:2018年6月30日第1刷発行)を読みました。初出は文學界2018年3月号です。

 

どうしてこの本を読んだのか?話は簡単、芥川賞の候補作になったからです。一週間後、7月18日の5時から、築地の「新喜楽」で、芥川賞選考委員による選考会が行われて決定します。さて、この作品はどうでしょうか?

 

松尾スズキの本は、やはり芥川賞にノミネートされた2冊、2006年「クワイエットルームにようこそ」と、2010年の「老人賭博」を読みました。元々は劇団の主宰者、多数の作・演出・出演を務め、そのほかにエッセイや小説の執筆、映画監督など、多彩な才能を発揮しています。

 

「老人賭博」が芥川賞の候補に上ったときに、以下のように書きました。

今回も芥川賞の候補作を数編、続けて読みましたが、松尾スズキの「老人賭博」は一番読ませるし、安心して読めます。盛り上げるところは盛り上げる上手さが光っていました。結局のところ、良くも悪くも「手練れ」た作品という印象です。 が、しかし、扱っているテーマが賭博ということや、芥川賞がある種の新人賞ということを考えると、やや難しいかも?

 

松尾スズキの「老人賭博」を読んだ!

第142回芥川賞選評を読む!

 

さて、今回はどうか?

今回のノミネート作品「もう『はい』としか言えない」、こんな書き出しで始まります。

 

2年間浮気していた。それがキレイにばれた。なぜばれたのかはそれから半年が過ぎてもわからない。・・・別れたくない。もう、孤独な生活はこりごりだ。浮気をしておきながら、勝手なこととしりながら、海馬は心からそう思うのだった。前の妻との離婚から8年たっての結婚だ。その8年がつらすぎた。自分はすでに初老に域にさしかかっている。

 

30代のスタイリストと知り合い、深い関係になった。深いといっても、それはただ、一緒に酒を飲みセックスをするような関係ということだ。仕事がいき詰まっていた。創作のための刺激が欲しかった。それだけだ。などといくつかの陳腐な言い訳が頭をよぎる。スタイリストの方も、なにも本気じゃない。ただの興味本位だったのだろう。

 

言い訳の余地はないのだ。「・・・無条件ね。無条件降伏、無条件…」。妻はみっつの判決を下した。まず仕事場の解約。今後2年間、つまり、夫が自分を欺いた期間、仕事中でない限り、外出先からスマホで1時間おきに背景も含めた自撮りの写メを送ること。それをもし忘れた場合、スマホのGPS機能を妻のパソコンと共有させること。そして、どんなに疲れて帰ろうが、どんなに酔っぱらっていようが、2年間、毎日セックスをすること。丁寧に。「もちろん私とね」。そう、妻は目をむいた。

 

「世界を代表す5人の自由人のための賞・・・?」

 

胡散臭いものだが、パリへの旅費と一週間の滞在費を支給してくれるらしい。飛行機が嫌いで、外国人が怖い海馬五郎も、一週間は妻とのセックスを休めるというので、その誘いにのった。それが悪夢の旅になったのである。

 

そもそもなぜ自分はここにいる? 浮気がばれた。それで、妻の罰を逃れようとしていたら、あれやこれやで、いつの間にかスイスの街なのか村なのかにたどり着き、今、数百人の外国人のゲイたちの前で、笑いの神の生贄のような存在になって舌なめずりされている。しかし、なぜだかわからないが、笑いものになろうとしている自分の心のどこかでうけいれている気もする。この半年間、自分に足りなかったのは、公開処刑。それくらいの激しい痛みだったのかも知れない。そう思うと、恐れも恥かしさも消え、冷ややかな笑いがこみ上げて来た。

 

「それでは、授賞式を始めます。クレスト氏の自殺を認めますか? バラスコさん」。バラスコは「ウィ」と答えた。答えてしまった。むしろ「早く死ね」という勢いで。その気持ちはわかる。もう、二人で説得するのは無理だ。となると自分一人で彼を説得するのはさらに無理だ。もう「はい」としか言えない。それしか、選択の余地はない。

 

第159回芥川龍之介賞候補作品

(選考会:2018年7月18日)

・古谷奈月「風下の朱」早稲田文学初夏号

・高橋弘希「送り火」文學界五月号

・北条裕子「美しき顔」群像六月号

・町屋良平「しき」文藝夏号

・松尾スズキ「もう『はい』としか言えない」文學界三月号

 

追記:7月12日

川上弘美のエッセイを読み始めたら、最初からこれだよ。

3月某日 晴

大人計画の劇を下北沢に見にいく。松尾スズキの体の動かしかたが好きなのである。なんというか、残像が残るような感じの動きだ。たとえば松尾スズキが50センチ舞台上を移動すると、一瞬、元の場所と50センチ移動した先との両方に、松尾スズキの腰とか腕とかが同時に見える、そんな感じ。終わってから生ビールを2杯。後のビールがとてもおいしく感じられる劇でした。

「東京日記1+2 卵一個分のお祝い。/ほかに踊りを知らない。」(集英社文庫:2018年6月30日第1刷)

あれっ、川上弘美は芥川賞の選考委員でしたよね。別にいいけど。