山本義隆の「近代日本150年―科学技術総力戦体制の破綻」を読んだ! | とんとん・にっき

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山本義隆の「近代日本150年―科学技術総力戦体制の破綻」(岩波新書:2018年1月19日第1刷発行)を読みました。この本は新書の形式ですが、300ページもある、なかなか読み応えのある本でした。特に最終章の「原子力開発をめぐって」は、僕のようなものが嘴を挟む余地にないほど、短い範囲のなかで、論も鮮やかに簡潔に展開し、圧倒されました。著者の山本義隆は、元東大全共闘の代表でした。しかし今まで大学とは距離を置き、予備校講師をしながら科学史に関する重要な本を書いてきました。

本のカバー裏には、以下のようにあります。
黒船がもたらしたエネルギー革命で始まる日本の近代化は,以後,国主導の科学技術振興・信仰による「殖産興業・富国強兵」「高度国防国家建設」「経済成長・国際競争」と,国民一丸となった総力戦体制として150年間続いた.近代科学史の名著と、全共闘運動,福島の事故を考える著作の間をつなぐ初の新書。日本近代化の歩みに再考を迫る.

「近代日本の150年」は、いわば科学技術の”通史”(ある特定の時代・地域・分野に限定せず、全時代・全地域・全分野を通して記述された総合的な歴史)に当たりますが、副題は「科学技術総力戦体制の破綻」、これはあらゆる意味で示唆的といえます。

序文で、以下のように述べています。
2011年の福島の原発事故が、その転換を、つまりひたすらエネルギー消費の拡大を追求してきたエネルギー革命がそのサイクルを終えてオーバーランしたことを、象徴している。幕末に欧米の科学技術に開眼した日本は、明治になって本格的にその吸収を図り、それが日本の近代化と経済成長を支えてきた。明治以降の日本の近代化は、中央官庁と産業界と軍そして国策大学としての帝国大学の協働により、生産力の増強による経済成長とそのための科学技術の振興を至上の価値として進められてきた。戦後の復興もその延長線上にあった。明治の「殖産興業・富国強兵」の歩みは、「高度国防国家建設」をめざす戦時下の総力戦体制をへて、戦後の「経済成長・国際競争」へと引き継がれていったのである。

そして、以下のように続けます。
今、科学技術の破綻としての福島の原発事故、そして経済成長の終焉を象徴する人口減少という、明治以降初めての事態に日本は遭遇している。大国主義ナショナリズムに突き動かされて進められてきた日本の近代化をあらためて見直すべき決定的なときがきていると考えられる。本書は、そういう思いから捉え返した近代日本150年の歩みである。

「おわりに」で、以下のように結んでいます。
現状認識として、地球資源の有限性や格差拡大といった点を含め、そうした方向の追及が必ずしも人間の幸せや精神的従属をもたらさないことを、人々がより強く感じ始めているのが現在の状況ではないかと、ポスト資本主義社会を模索し展望する広井良典の書から引用します。(広井良典「ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来」岩浪新書 2015)

そして、「ユートピア」を批判し、「科学的」な未来社会を描こうとしたのがエンゲルスであったとすれば、「科学的」未来像はあるべくもないことを実感し、「ユートピア」的発想を、民衆の努力・運動・将来社会へのビジョンの提示によって少しでも実現可能な課題とするのが、20世紀末に生きる私たちの最小限の課題ではなかろうか、1950年末の全学連委員長で農業経済学者・塩川喜信の20年前の書物から引用して、結論にかえるとしています。(塩川喜信「高度産業社会の臨界点」社会評論社 1996)

目次
序文
第1章 欧米との出会い
 1 蘭学から洋学へ
 2 エネルギー革命との遭遇
 3 明治初頭の文明開化
 4 シンボルとしての文明
 5 窮理学ブーム
 6 科学技術をめぐって
 7 実学のすすめ
 8 過大な科学技術幻想
第2章 資本主義への歩み
 1 工部省の時代
 2 技術エリートの誕生
 3 帝国大学の時代
 4 鉄道と通信網の建設
 5 製糸業と紡績業
 6 電力使用の普及
 7 女工哀史の時代
 8 足尾銅山鉱毒事件
第3章 帝国主義と科学
 1 福沢の脱亜入欧
 2 そして帝国主義へ
 3 エネルギー革命の完成
 4 地球物理学の誕生
 5 田中館愛橘をめぐって
 6 戦争と応用物理学
第4章 総力戦体制にむけて
 1 第一次世界大戦の衝撃
 2 近代化学工業の誕生
 3 総力戦体制をめざして
 4 植民地における実験
 5 テクノクラートの登場
 6 総力戦体制への道
第5章 戦時下の科学技術
 1 科学者からの提言
 2 戦時下の科学動員
 3 科学者の反応
 4 統制と近代化
 5 経済新体制と経済学者
 6 科学技術新体制
 7 総力戦と社会の合理化
 8 科学振興の陰で
第6章 そして戦後社会
 1 総力戦の遺産
 2 科学者の戦争総括
 3 復興と高度成長
 4 軍需産業の復興
 5 高度成長と公害
 6 大学研究者の責任
 7 成長幻想の終焉
第7章 原子力開発をめぐって
 1 原子力と物理学者
 2 原子力開発の政治的意味
 3 日本の原子力開発
 4 そして破綻をむかえる
おわりに
文献

山本義隆:
1941年大阪生まれ.東京大学理学部物理学科卒,同大学院博士課程中退,駿台予備学校勤務.科学史家,元東大全共闘代表.
主な著書に『知性の叛乱』(前衛社),『重力と力学的世界』(現代数学社),『熱学思想の史的展開』全3巻(ちくま学芸文庫),『古典力学の形成』(日本評論社),『解析力学I・II』(共著,朝倉書店),『幾何光学の正準理論』(数学書房),『磁力と重力の発見』全3巻,『一六世紀文化革命』全2巻,『世界の見方の転換』全3巻,『福島の原発事故をめぐって』(以上,みすず書房),『原子・原子核・原子力』(岩波書店),『私の1960年代』(金曜日)など.主な訳書に『ニールス・ボーア論文集1・2』(岩波文庫),カッシーラー『実体概念と関数概念』(みすず書房)など.