芥川賞候補作、坂本湾の「BOXBOXBOXBOX」を読んだ!
芥川賞候補作、坂本湾の「BOXBOXBOXBOX」を読みました。
坂本湾の「BOXBOXBOXBOX」は、第62回文芸賞受賞作です。
選考経過は以下の通りです。
応募総数1959作のうち、第1次予選通過作品として30作、第2次予選通過作品として18作、第3次予選通過作品として12作、第4次予選通過作品として8作を選出、さらに選考の上、最終候補作品として5作を選び、選考会を開催、最終審議を行った。その結果、第62回文藝賞受賞作は、坂本湾の「BOXBOXBOXBOX」に決定した。
文藝賞受賞者の坂本湾は、1999年北海道生まれの25歳です。
選考委員は小川哲、角田光代、町田康、村田沙耶香の4名です。それぞれの選評は、文芸冬号に掲載されています。4人の選考委員がこれほど詳細に選評しているので、評価は定まっているように思えます。
小川哲は坂本湾との対談で、「文藝賞でデビューしたんだったら、坂本さんのもっている資質からすると芥川賞をとるしかない」、とまで冗談めかして言ってます。
小川哲の選評。
「BOXBOXBOXBOX」。宅配所に運び込まれた荷物を仕分けする仕事をしている四人の視点を、いわゆる「三人称神視点」と呼ばれる、カメラの位置をずらしながら描いた作品。宅配所内には、単純作業の繰り返しに朦朧とする意識を象徴するような霧が立ち込めており、四人はそれぞれ事情を抱えながら仕事に従事している。とにかく周到な小説だ。標題にもなっている「BOX」とは、宅配荷物の段ボールのことであり、従業員が使ってるロッカーであり、宅配所へ従業員を運び込むバスであり、宅配所そのものであり、我々の身体でもある。四人の視点から何重もの層に積み上げられた「箱」を描くことで、閉鎖空間の行き場のなさをうんざりするほど執拗に表現している。四人の視点人物も「箱」のもつ同質性、規格化、閉鎖性、無駄のなさといった要素を、「個人の生」に広げていくための回路として無駄がない。斎藤の嘔吐によって「箱」が濡れ閉鎖性が崩れたことで話が展開するのだが、「箱」の閉鎖性が崩れることが、その外部を覆う「箱」の存在を明らかにしていく。「箱」の外に出ることに意味はない。我々は何重にも梱包された「箱」の中にいるわけだ。・・・こんなに不気味で、こんなに心地の悪い小説は、高度な技術と強い決意、そして正確な批評眼がなければ書くことができない。
角田光代の選評。
「BOXBOXBOXBOX」は、宅配所で働く人たちを描く作品だが、安、稲森、斎藤、神代という四人の意識を流れるように小説は語られる。単純な労働が精神をじょじょに浸蝕し、彼らによって小説もまたゆっくりと破壊されていくかのように、現実と非現実があいまいになっていく。ラストで四人はその苛酷な状況から逃げおおせるのだが、しかしそれも現実なのか妄想なのかわからない。逃げおおせたという妄想だとしても、だれもちっとも幸福そうに見えない。では生きることということはなんなのだろうと、ふと考えてしまった。舞台は霧深い作業所から動かず、箱の中身はほとんどわからず、共感の感情移入もさせず、この四人は人間性をも感じさせず、彼らの交流までも妄想に押しこめてしまうのにそれでも「読ませる」力のある諸y接だと思った。
町田康の選評。
「BOXBOXBOXBOX」は候補作中、もっとも親しみを感じたさ右品であった。それは身に覚えのある、世の一切の楽しみから隔絶されてある底辺暮しの呻吟が描かれて在ったからであり、又、過酷な労働により魂が破壊されていく様子が描かれて在ったからである。その中で自己を保つために労務者たちがすること、考えることはみな合点がいくものだった。そして作者はそれを描く為、演出を凝らし、様々の舞台装置を用意するのはマア小説だから当たり前の話なのだが、それらは十分な効果を上げていないように思えたその結果、右の、労働の呻きや人間の壊れ、が真に迫らない、図式的なものになってしまった。
村田沙耶香の選評。
「BOXBOXBOXBOX」は、冒頭の工場の描写と箱の存在感がすでに魅力的で、完成された作品世界にすぐにぐっと引き込まれた。作品に描かれる「箱」たちは、日常の中で普段自分も見慣れているはずのものであるだけに想像力を掻き立てられ、生々しい存在感があった。人物たちが働いている空間もまた「箱」であり、その外にいる人の監視、言葉、気配も「見えない」ことで薄気味悪く存在を感じさせた。「見えない」ものたちが小説世界を拡張しており、その不気味さに強く心魅かれた。
坂本湾の「BOXBOXBOXBOX」は、以下のように始まります。
薄霧のたちこめるなかに箱がある。いくつもの箱たちが列をなして、擦り切れて、潰れた角を剥き出しにして、沈黙している。トラックの揺れと運転手たちの厳つい手を経由してきた箱は、宅配所に蔓延する霧のなかで、摩耗した胴の色をしている。これらは、ゴムと金属が擦れてひどく振動するベルトコンベアの震えを全身に湛えながら移動している。虻の大群のようなモーターの駆動音が、機械の中から溢れ出てくる。ベルトコンベアがカーブにさしかかると肥えた親指のような曲線をえがいて箱はゆるやかにUターンする。そうして移動をつづけた箱たちはやがて、これらを待ちかまえている、作業員たちの掌に迎えられる。彼らに持ち上げられ、投げ飛ばされた箱は、ステンレス製のレーンに載せかえられ、スムーズにすべっていく。そうして、レーンの先に立っている運転手に持ち上げられ、トラックの荷台に積まれて、目的地へ運び込まれる。
今回は、坂本湾の「BOXBOXBOXBOX」が文藝賞を受賞したということで、大きくそれに引きづられました。
文芸冬号は、山田詠美デビュー40周年 「女流」の矜持、文学の倫理を特集しています。
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